40歳88キロの私が、クールな天才医師と最高の溺愛家族を作るまで
高らかに響いてたヒールの音が、パタリと止んだ。

「ちっ」

(出たぁ……舌打ち……。あんな佐野さん、ファンクラブの男の子達は知らないんだろうな……)

「いない……」

(……ここにいること……バレませんように……!)

「あの森山……デブス……のくせに……!」

(デブスって……私のことか……)

また、ヒールの音が響く。
音は、一瞬大きくなったものの、どんどん遠くなっていき、最後には消えた。

(自覚はあるけど、直接聞いちゃうのは、やっぱ、辛いなぁ……)

そんなことを、おセンチに考えていた時だった。

「んっ……んんー!!!」

(えっ!?)

苦しそうな声がしてようやく、私は自分が何をしたのかを思い出した。

(私だけ隠れれば良かったはずなのに……!)

「ごめんなさい……!」

私は、氷室さんも柱の陰に引っ張り込み、高い身長をかがませて、彼の口を私の手で塞いでいたのだ。
急いで氷室さんから離れながら

「ご、ごめんなさい!あ、今の人佐野さんっていう、私の仕事の同僚なんですけど、美人で男性からすっごく人気で……それで……」

(あの様子じゃあ……下手すると今日中には、私の悪評を広められるんだろうな……)

明日からのことを、家に帰ってじっくり考えなければならない。
契約書で縛られているから、その期限までの雇用は守ってもらえるだろうが……。

「巻き込んでしまい、すみませんでした。とにかく、これは受け取ってください」

私は1万円を氷室さんに押し付け、逃げようとした。
奢りますから……とかも、今思うと何ておこがましい提案だったのだろう……。
思い出せば出すほど、恥ずかしく、惨めになっていく。

いい思い出だと、割り切ろう。
これ以上、悪い思い出にはしたくない。

「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

そうして、私はその場から立ち去ろうとしたのだが……。

(えっ……!?)

氷室さんに、太すぎる手首を掴まれた私は、そのまま、氷室さんの車に乗せられた。
気がついた時には、この喫茶店の中にいたのだった……。
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