40歳88キロの私が、クールな天才医師と最高の溺愛家族を作るまで
この日はランチタイムだけの、はずだった。
さっと帰るはずだった。
それなのに、席についた途端、自然と話が弾んでしまった。

氷室さんの甘いものへのこだわりの話。
氷室さんが好きな本や映画の話。
などなど、氷室さんに関する話が尽きることが、なかったのだ。

話の切り上げ方が分からなかった……というのもあったのかもしれない。
だけど、氷室さんの話を聞いているのが楽しくて、私はうんうん、と真剣に聞き入ってしまっていたのだ。
その結果、予定ではとっくに家でまったりしていたはずのディナーの時間まで、カフェに入り浸った挙句

「案内していただいたお礼です」

約4000円分ゴチになってしまった……。
とはいえ、これでタワマン事件の日の約束であるカフェへの案内は、無事に果たしたことになる。

(これで氷室さんと会うのは終わりになるんだろうな……少し寂しいな……)

などと思いながら、氷室さんと駅までの道を歩いていた。
やっぱり、氷室さんは夜になっても目を引くらしい。
女の人の視線が、私にグサグサと刺さる。
なので、ほんの少し私は、氷室さんから離れて歩いていた。

「それで、どうしましょうか?」

いつの間にか真横に来ていた氷室さんに、突然話しかけられた。
心臓が口から飛び出るかと思った。

「どうしましょうか……とは?」
「次、どこに行きますか?」
「……はい?」

完全なる想定外の提案をされてしまい、パニックになった私は

「……特に……ないです」

失礼極まりない返事になってしまった。
だが、事実だから仕方がない。
氷室さんは

「わかりました」

とだけ答えた。
その後は、そのまま会話なくお別れをした。

普通なら、これで終わりだと思うだろう。
少なくとも私は完全に油断をしていた。
だからその日の内に

「ここは、どうですか?」

と氷室さんから候補の場所を送られた時は、本気で息が止まった。
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