40歳88キロの私が、クールな天才医師と最高の溺愛家族を作るまで
(こういう時は、成功しちゃうんだな……)

いつもは、この体型のせいで人混みに紛れてもすぐ見つかってしまう。
だけど、今日は自分からすっと、いなくなりたいと思った。
このまま、氷室さんの前から消えてしまいたいと、願った。
だからだろうか。
すんなりと、氷室さんには見つからずに、小江戸の街並みまで戻ってくることができた。

(ここまで来れば、さすがに見つからないだろう……)

私は、駅に向かうためにバスを待ちながら、近くにあった店のガラス扉で自分の残念な姿を見てしまい、また落ち込んだ。

ぼろぼろになった髪型。
汗で化粧が崩れた顔。
しわしわになった浴衣。
そして草履を無理して履いてきたため、どんどん痛くなってくる足……。

(こんな姿の自分が真横にいるなんて、やっぱり氷室さんにとって良くない)

私は、やはり第三者として、美男美女カップルを見ているのがずっとお似合いだ。
観察している側の方が、よっぽど性に合っている。

早く。
バスが来てほしい。
早く。早く。
バスに乗って、駅に戻る。
そうして、電車に揺られながら日常に還れば、きっと芽生え始めてる気持ちを、完全消すことができるだろう。
無かったことに、できるだろう。

例え今日、氷室さんとこれきりになったとしても。
私はきっと、いい思い出にできる。
これまでも、そうだった。
そしてこれからも、私はそうして生きていく。
1人で。
そんなことを考えていると、遠くからバスが近づいてくるのが見えた。
少し混雑しているのが、フロントガラスから分かった。

(万が一、氷室さんがここを通ったとしても……あの中なら見えないよね……)

私はデオドラントスプレーを、さっと自分に振りかける。
このタイミングで、スメルハラスメントで訴えられるのは、さすがに嫌だったから。
バスが止まり、扉が開いた。
私が中に入ろうとした……その時だった。

いきなり誰かから手を掴まれ、後ろに急に引っ張られた。

(この香りは……)

見なくても、分かってしまった。
誰が、そこにいるのか。
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