40歳88キロの私が、クールな天才医師と最高の溺愛家族を作るまで
そもそもの始まりは、樹さんに告白されてお付き合い……という、私の人生の辞書には存在しないだろうと思っていたことが始まってしまった川越の日。
食事が終わった後、自宅の最寄駅まで樹さんに送って貰った。

「自宅まで送る」

とも言われたが、それはさすがに、丁寧に、そして迅速にお断りした。
万が一部屋の中を見られたら、恥ずかしくて舌を噛み切る自信があったから。

ちなみに私が「樹さん」と、彼を名前で呼ぶように頼まれたのは、この日の帰り道の電車の中。
あの食事の店から、ずっと私の手を繋いでいた樹さんから突然

「優花さんと、呼んでもいいですか?」

と尋ねられたのが、まず最初。

「こ……こんな名前で宜しければ……どうぞ……」

私がそう言った時、樹さんの、私の手を握る力が強くなった。
自分の汗が、移るんじゃないかと気が気じゃなかった。

「俺のことも……」
「え?」
「名前で呼んでくれませんか?」
「……はい?」

何だ、このやり取りは。
高校生が読む漫画雑誌の主人公カップルの、付き合いたてほやほやのシーンでよく見かける。
読んでいた当初は甘酸っぱいなぁ……と人ごとのように思っていた。
でも、いざ自分がその立場になってしまうと……それも……40代間近だとすると………ただただ恥ずかしい。
身の程知らずにも程がある。

「俺の名前、分かります?」

それはもう、自分でも何度も調べたので忘れようがなかった。

「樹さん……ですよね……」

人前だったこと、身内でもない男性を名前で呼ぶということが、もう30年近くご無沙汰だったので、ぼそりと、小声で言うのが精一杯だった。

「やばい……」
「え?」
「嬉しいものなんですね、好きな人に名前を呼んでもらえるのって」

そう言った樹さんの顔は、真っ赤になっていて、今までで1番、口の端が上がっていた。

(この人……か、可愛いけど……!?)

私は、その顔を見るのが恥ずかしくて、つい目を逸らしてしまった。
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