地下一階の小宇宙〜店主(仮)と厄介な人達
「おはよう!」
朝9時。
アンカサへ2日目の出勤だ。
店のドアを開けると、ボサボサ頭の眠そうな目で創太郎が新聞を読んでいる。
「おお、おはよう。今朝は随分と爽やかじゃないの」
「うん、駅から自転車で来たから。
汗もかかないし、風も気持ちいいし快適だったよ。
ハイ、これ領収書。
ありがとう、これからも毎日元気に出勤するね!」
わざとらしくニコッと笑ってみせると、創太郎が眉間にシワを寄せてげんなりした風に新聞から顔を上げた。
「ほんとに買ったの、自転車。」
「交通費代わりよ。」
子供の頃から散々からかわれて来たが、初めて創太郎を出し抜いたような気持ちがして朝から気分が良かった。
鼻歌なんか口ずさみながら、エプロンをつけカウンターの中に入った。
「昨日ネットでネルドリップの淹れ方のコツとか、色々調べて勉強してみたんだ。
ほんとに奥が深いんだなって、見てたらハマっちゃって、気づいたら結構いい時間になっちゃった」
「ほぉ〜、真面目だねぇ、佳乃ちゃんは。
んじゃ、その勉強の成果を見せてちょうだよ。 朝の一杯。」
創太郎はカウンターに座って新聞に目を落としたまま、まだ動く気はなさそうだ。
「お客さんに出すのはまだ恥ずかしいけど、そうちゃんならいいよ。
どんどん実験台になって。」
昨日の修行のおさらいをするように、器具を戸棚から出していった。
ーーーお湯を沸かすポットの形や素材にも、ちゃんと意味があるのよね
昨夜インターネットで一夜漬けした珈琲情報のおかげで、店にある物が昨日とは少し違って見えた。
昨日一日の努力の成果を叩き込む様に、渾身の一杯を創太郎の前に、ずずずいーっと差し出す。
「ど、どうぞ、召し上がれ!」
「うむ、いただこう」
知らず知らずの内に、創太郎の口に運ばれるカップと口元を前のめりで凝視する佳乃。
「 …。 コワイよ、お前…」
口に含む直前で、創太郎が顔しかめた。
「早く!飲んでみて」
相変わらずの勢いで見られているが、諦めたのかしぶしぶと言った感じて、一口含んだ。