地下一階の小宇宙〜店主(仮)と厄介な人達
翌日、日曜日は定休日だ。

つい4日前まで無職だったのに、なんだかとても久し振りに家でゆっくりと朝を過ごす気がする。


ーーーはぁ、怒涛の3日間だったな。


こんなに短時間で環境も感情も意識も目まぐるしく変わった経験はない。


せっかくの休みだし、今のうちに思う存分ダラダラしたいと思うのに、気がつけばスマホで珈琲の事や、カフェ経営のノウハウに付いて検索してしまう。



気分を変えようとテレビのバラエティ番組をかけてみたが、全く集中出来ない。



仕方がないので結局はまたスマホのグーグル先生の元へ戻った。



幼い頃から要警戒対象として認識していた叔父から、ほぼ無理やり引きずりこまれたカフェの世界が、意外にも佳乃を夢中にさせている。






ーーーーー

「よし!今日からラストウィークだ!気合を入れて頑張ろう!」


月曜日。


梅雨真っ只中、久しぶりにすっきりとした晴れ間が広がっていた。


「気持ちいい。 いい事ありそう!」


いつもの雨用の染みない靴ではなく、梅雨が明けたら履こうと思っていた、きれいなスカイブルーのパンプスを選んだ。



天気のおかげで足取りも軽い今朝は、いつもより5分程早く店についた。

全部で10段程の階段を降り、いつもと同じ強さでドアを押す。


"ガチャンっ!!"



「あれ? 開かない。 まだ来てないのかな」
 


創太郎より早く店に着いたことは無かったので、ドアが開かないと言う事は今までに無かった。


ーーー少し早く着いたからかな…


スマホを取り出し、先日教えてもらったばかりの創太郎の番号をタップする。


しばらく沈黙の時間が流れ、その後には呼出音ではなく、お決まりの電話は繋がらない旨のアナウンスが流れた。


佳乃は少し顔をしかめ、足元にしゃがみこんだ。


ーーー植木鉢の下に鍵を隠してるって言うパターンは…  




「…あった…   」



"あるわけ無い" という気持ちでドアの横の小さな植木鉢を持ち上げてみると、ただ細い金属の輪に通しただけの銀色の鍵がポツンと置いてあった。




「まさかの不用心…」



今時こんな不用心な鍵の管理をしていたのか!後で注意しなきゃ、と思いながら店の中へ進んだ。


一日定休日を挟んだだけなのに、店の中はずっと使ってないかの様に静まり返って、なんだか知らない場所みたいに入り辛い。


なんだか無意識に小走りになって、カウンター横にある電気のスイッチに向かった。


ふと、通り過ぎようとしたカウンターの上に不自然に置かれたメモ用紙が目に留まる。


先に電気をつけたいと頭の中では思っているのに、なぜか視線は紙を捉えて足の動きを止めた。


手のひらに収まるほどのメモ用紙を手に取り、薄暗い店の中でその文字を追う。



《スマトラの仲間から緊急の要件が入ったので、ちょっと早いが日本を出ます。
もうそろそろ豆が無くなりそうなので、追加で注文しといた。
月曜に配達に来るから安心してください。
お前はもう大丈夫だ! 
アンカサをよろしく!

               創太郎》


止まった…

リアルに時間が止まった。


ぼう然として、手に持ったメモ紙はヒラリと床へ落ちた。


傍から見たらありきたりなワンシーンだが、当事者には、正にその時、青天の霹靂が降りかかった瞬間だった。

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