地下一階の小宇宙〜店主(仮)と厄介な人達
ーーーなにやってんだ俺…
肉屋のおばさんとの一連のやり取りをただ眺めていた事に辟易して、自分も自転車を漕ぎ出した。
ただここは商店街の中。
反対方向に行かない限り向かう場所はしばらく一緒だ。
追い抜いてやろうかと思ったが、夕方の微妙な人通りの多さにスピードを出す事は諦めた。
ただなんとなく女の後ろ姿を追う感じになってしまって、関係ないのに少し癪に触る。
商店街の終わりに近づくと、大きなかばんを体の横に置いてうずくまっている老人が見えた。
気にしながらも通り過ぎる人々や、心配そうに声をかける人々。
そこへまたもや視界に入ってきたのは、自転車を降りて、うずくまる老人に声をかけるあの女だった。
何を言っているのかは聞こえないが、恐らくこういう状況でかける一般的な内容だろう。
もうここで追い越そうと思ったが、彼女の行動は普通の "声掛け" だけでは終わらなかった。
老人を取り囲んでいる何人かと、二言三言交わし、自転車を端に停め直したかと思うと、大きな荷物を自分の荷物と一緒に肩に下げ、更にはその老人の手を取り支えながらよたよたと歩き始めたのだ。
周りの人達は何やら心配そうに女に声を掛けるが、笑顔で平気そうなアピールをしている。
ーーー暇人偽善者…
なんとなく海星も追い越す気が失せ、どうせならどこまでこの偽善者は
"偽善者足り得る"のか、見てみたい気さえした。
ただ海星もそんなに暇ではない。
面会時間内に母親に荷物を届けなければいけないのだ。
のろのろと亀の様なスピードで歩く老婆と女を少し離れた後ろから、これまたのろのろと自転車に乗っているのか引きずっているのかわからないくらいの調子で海星は移動した。
あーでもないこーでもないと言った風に、老婆と女は神妙な顔をしたり、ケラケラ笑っていたり、はたまた悲しげな表情を見せたり、横目でチラリと見ていただけのつもりなのに、気付けば目的の病院の姿が見える場所まで来ていた。
普通の速度で歩けば大したことない距離だが、なにせ亀移動だ。
時間だけは結構過ぎていて、スマホの時計を見た海星はげんなりした。
ーーーもういいか
そう思った時、軽くよろけた老婆につられて、女が重たいかばんを持ってる側へぐらりとバランスを崩した。
「っおいっ!!」
やや離れた後ろにいた海星には、急いでも間に合わない距離だが、咄嗟に跨っていた自転車を跳び降りてそちらに駆けていた。
女は老婆を巻き添えにしない様に、ギリギリの所で踏ん張りをきかせて事なきを得たが、アウトだったのは海星の方である。
日も落ちて人もまばらな総合病院への道は、海星の咄嗟の声も、乗り捨てて大きな音を立てて倒れた自転車の音も、しっかり響き渡っていたのだ。