地下一階の小宇宙〜店主(仮)と厄介な人達
「ごめんね 一週間だけお父さんお願いね…
配達とか…  嫌なのは知ってるけど…。
もう倒れたりしない様にしっかり治すからね…」


突然の父親の勝手な決断でいきなり働き詰めになった母。

父の店を軌道に乗せるまで、やった事もない店の経営やら豆の勉強など、訳もわからず始めさせられて苦労しただろう。


その間、海星の生活も180度変わった。

未だに父親との会話は無いし、もう何年まともに顔を見ていないかも思い出せない。



「配達なんて、そんな言うほど無いだろ。」


会えば、
"ごめんね" と、ぽろりとこぼすように言う姿が少し前まで無性に腹立たしかった。


学校に呼び出されても、警察に海星の身元引受けで呼ばれても、怒ったり感情的になったりせず、ただ教師や警察に頭を下げて、最後には海星にも"ごめんね" と呟く。


別に母が悪い訳ではない。

母も巻き込まれた側なのに、一人家族の変化の渦から飛び出して反発し続ける自分が、やけにみじめで的外れに感じて、更に意固地になって行ったのだ。


「言われなくてもやんなきゃ仕方がない分くらいはやるって  」


「  …そう?  ありがとう… 

  …ごめ   」

「別に謝る必要ないだろ」


その言葉にハッとして、母が海星を見上げた。

「 …あ… ごめん 」

「だから! ごめんはもうやめろって… 
やるっつってんだから…

…今はゆっくりしとけ 」


「  …海星…」



こんなに会話したのも何年か振りだし、何故そんな言葉が出てきたのか自分でもわからなかった。

ただ何か、少しの心境の変化が、
ガチガチのバリケードで固められた海星の内側を、ほんの少し動かしたのだろう。


自分の口から出てきた言葉と、
この微妙な雰囲気がどうにもむず痒くて我慢できない。


「 もう行くわ。 」


足元に視線をやったまま告げた。

「 あ、 うん。 じゃあ…  気をつけてね」


そのまま視線は上げずに、間仕切りのカーテンの隙間から外に出ようとした。



「 海星! 」

半分体を外に出した所で呼び止められた。



「お母さん、 なんか早く治る気がする 」




「  …あっそ 」



そのまま振り返らず、今度こそ海星は真っ直ぐ外に向かった。

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