地下一階の小宇宙〜店主(仮)と厄介な人達
ーーー何という人を食った様な物言いをする若者だ!



ふんぬぅー!と思いつつも、後ろめたいのは確かなので、ここは大人の余裕をちょいと見せようと心を落ち着かせた。



「お礼に珈琲くらいご馳走するけど? 

学生さんに本格珈琲は早いかしら?」


「へぇ? 
出してみろよ本格珈琲とやら。  新人。」



ーーーーぎっくー!
新人なのがバレている事を失念していた!



すっかり無駄に自分でハードルを上げてしまった佳乃だが、まさかここで引き下がれないので、内心ビクビクしながら器具を並べていった。




ーーー手震えてるのバレないかな…




緊張すると失敗すると自覚しているので、何かを取るフリをして、しゃがんで深呼吸を何度か繰り返す。




ーーーよしっ! 大丈夫!



海星は何も言わず黙ってカウンターに腰掛け、片肘を付いて器具を見下ろしている。



ガリガリと豆を挽く音が静かな店内に響き、徐々に広がる珈琲の香りが鼻に心地よい。



この香りを胸いっぱいに吸い込むと、緊張が溶けて心が静まっていくのが不思議だ。





「 はい、 どうぞ 」



コトリとソーサーを目の前に置く。



黙ってカップを持ち上げ口に運ぶ様子をチラリと確認した。






「    ….。  」






ーーーえ! 美味しいの?!美味しくないのっ?!



何も言わない若者に内心やきもきしつつ、平静を装いながら洗った食器をひたすら拭いたりしてみる。







「   腹減った   」


「え?!  ちょっと!美味しいの?美味しくないのっ?!」


散々ドキマギしなが待ったのに、
感想も無しに "腹減った" とは何事か。


「 俺別に珈琲の味とかわかんねぇし。」


ガクッ!とさっきから無駄に拭き続けている皿の縁に頭をぶつけそうになった。



「なんで先に言わないのよ!
はぁ〜、緊張して損した」



佳乃の肩にずっしりのし掛かっていた、目には見えないグルメな珈琲評論家達がすーっと退散して行く。




わからないと言いつつ、それでもカップは相変わらず手の中で、時々口を付けている。






「    …牛乳いれてあげようか? 」


「いらねぇよ! ガキ扱いすんな」


気を使ったつもりが、どうもこの対応は間違いだったらしい。
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