地下一階の小宇宙〜店主(仮)と厄介な人達
「 …たらこスパゲティ食べる?」
なんだか微妙な空気を、
"腹減った" にあやかってやんわりと断ち切ってみる。
海星はコーヒーカップをカチャリとソーサーに戻した。
「 …食うけど。」
ーーー食べたいなら食べたいって言えばいいのに、難儀な子…
「私が切り盛りするようになって、今日初めて出したフードメニューなんだー。」
鍋にお湯を入れながらパスタの用意をしていく。
「 初めて?」
海星が眉間にシワを寄せて、怪訝そうに吉乃を見上げた。
「突然の事だったから料理まで出す余裕が無くて。
でも… 投げ出せないなら、目の前の変化に対応して行くしかないじゃない。
降りかかって来てしまったものを放置して逃げ出しても、結局はずっと忘れられないもの。
捨てたつもりで違う道を歩いていても、どこかできっと引き摺って…
違う道も私はきっとうまく歩けない 」
海星の動きがぴたりと止まった。
相変わらずカチャカチャと料理を準備する佳乃の背中を、呆然と見つめたまま動けない。
幼い頃自分に降りかかった変化に苦しんで反発して逃げ出して、未だに埋められない穴が自分と家族にはある。
病室で、母親へ小さな小さな一歩で歩み寄る気分になれたのも、実は佳乃に最初に言われた言葉がきっかけだった。
"大事な物を背負える人の言動じゃない"
あの時はただただ腹が立っただけだが、
自分がやってる事はただのガキの反抗で、
全く子供の頃から成長出来ていなかったのではないか、と改めて突きつけられた。
周りは前に進む。
父親のあの店も、始めた頃とは違うのだ。
自分だけが取り残されている。
そんな事をぐるぐると考えている所で、
また佳乃に出会った。
あの時このカフェで泣きながら取り乱していた人間が、他人の面倒まで見て、大人がどうのこうのと言っていたくせに、くるくる表情を変え、黙って見ていられないくらいドジだったりする。
なんだか今までの色んな事がバカらしくなってくるのだ。