地下一階の小宇宙〜店主(仮)と厄介な人達
「 いらっしゃいませ。 お好きな席にどうぞ 」
入ってきたのは40代くらいの男女の一見さんだった。
壁側の二人用のテーブル席に腰掛け、二人とも"アンカサ スペシャルブレンドコーヒー"を注文した。
海星にはとりあえず冷たい麦茶を出して、
『ちょっと待っててね』と、小声で伝えておく。
一見さんのブレンドコーヒーをミルで挽いていると、二人の話が所々耳に入ってくる。
とても小さな店だ。
BGMを小さくかけていても、他の客の話し声が無ければ聞きたくなくても耳に届いてしまう。
海星は、気を使ってるのかただ聞きたくないのか、ズボンのポケットからワイヤレスのイヤホンとスマホを取り出し、自分の世界に入ってしまった。
『 …見たっていう生徒が… たばこや それは確定では … 援助交際なんかもね… 』
『そんな!うちの娘が!… …それは…
か だれか…
見た人… … 必死にやってきたのに インターハイも近い… 何でそんな事! …ですか? … 先生! 』
何やらただ事では無さそうなワードが幾つも聞こえてくるが、知らん振りをして珈琲を淹れるしかない。
海星もイヤホン越しに多少聞こえているのだろう。
時々表情が険しくなっている。
気まずい空気の中、出来てしまったコーヒーをトレーに置いて持っていくタイミングを見計らっていると、目があった海星から、顎で無言の" 行け! "の司令を受けた。
「 …お待たせしました。 スペシャルブレンドです…」
出来るだけ気配を消す様にカップをサーブする。
スススっと離れてカウンターの中に戻っていると、
突然バンっ!とテーブルを叩く音がした。
「 っひっ!!」
びっくりして思わず持っていたトレーを落としそうになり、慌てて両手で抱えた。
「っあなた本当にエレナが無実だと思ってるんですかっ!?
さっきから聞いてれば全部あの子を犯人扱いしてっ!!」
女が勢いよくテーブルを叩いた衝撃で、置いたばかりのカップの中の珈琲が波打ってこぼれた。
「っいやいや!お母さん落ち着いて!
そんな事は言ってないですよ!
僕は信じていますよ! もちろん」
髪を短く切りそろえた相手の男が慌てたように手を振ってなだめようとしている。
「信じてる人の言い方じゃないと思いますけど!」
「いえまだ可能性ですから…。
とにかく、生徒の間で噂になって大きくなる前に僕の方でも調べますんで!
それじゃっ! 僕はそろそろ失礼します!
っまた、ご連絡差し上げますんで!」
テーブルにポケットから出した歪に折れた千円札を置いて、そそくさと出口に向かう。
「本当にお願いしますよ?! 先生!」
ドアの向こうに殆ど体を出した状態で、頭だけぺこっと一つ下げ彼はあっという間に消えていった。