地下一階の小宇宙〜店主(仮)と厄介な人達
【第10章】疑惑
「いっ、いっいらっ! いらっ! いらっしゃい…ませ…!」
カウンターに半分以上身をのけぞらせたまま、
一切動揺を隠せない佳乃は、傍目から見たら完全に挙動不審の不審者である。
「 ふーん… 」
そんな不審者佳乃に何の反応も見せずに、マスモトエレナは、9.5坪の小さな店を見回している。
「 …変な飾り… 」
どの飾りを見て"変"と言ったのかは、
変なものがあり過ぎてよく分からないが、
その"変な飾り" よりも、今一番おかしいのは
挙動不審過ぎる佳乃だ。
「…え… え…? あの… えーと…
あー.… と…。何だっけ…
あ、そう! 注文! ごっ! ご注文は! 何かありましますか? あれ? あれますか? え?」
もう動揺がにっちもさっちも行かない状態の佳乃を見て、大きなため息をついた。
「 …はぁ…
…私の事知ってるんですよね?
お母さんから何か聞いてるんでしょ?」
なんだろう、最近の高校生は大人を威圧する技でも教えられているのだろうか…
「知ってるんです。
なんかお母さんの様子がおかしいから。
この前もこっそり下校時間に学校覗きに来たの知ってるし…。
今日だってお母さんが見に来てたので、途中まで帰るふりして、逆にお母さんの後つけて来ました。」
平然とした顔でそう言ってのけるエレナに、さっきまで圧倒されたていた佳乃も冷静さを取り戻して来た。
「そ…そう…。」
とりあえず姿勢をまっすぐに伸ばして、エレナにはカウンター席を勧めつつ、自分は中に戻った。
「 …コーヒー飲める?」
「何もいりません」
喫茶店でまず飲み物を飲まないなら、一体何をすればいいのか…
常に毅然とした態度で臨んでくるエレナに、たじろぐ佳乃。
「お茶しに来たわけじゃありません。
さっき私を見てあんなに動揺したってことは、やっぱり何か知ってますよね?!」
さすが母娘だ。
興奮の仕方がマスモトさんと似ている気がする。
「いや… 私は…ただのカフェの店主で…
しかも仮だし…。」
「は?」
「あ、いやいやそれはこっちの話!」
ーーーもぉ〜〜、私が何したっていうのよ〜!
一切隙を見せないエレナに、何をどう言っていいのか分からない佳乃は、なんとも言葉を切り出すことが出来ない。
勝手に言っていい事ではないし、ここまで分かっているエレナに、全て知らないフリでしらばっくれるのもまた難しい。
「 えー…と…。
お母さんはうちのお客様で、最近たまに来てくれるんだけど、あなたの写真を見せてもらった事があるの。
それが突然本物がドアから現れたもんだからビックリしちゃって!」
あくまでただのお客さんと言う事にするしかない。
「嘘ですよね?
お母さんは一人で喫茶店なんて行く人じゃありません。 スーパーの買い物でさえ一人で行きたがりません。 私のトレーニングの待ち時間でさえ一人でお茶も飲みに行かないし、常に誰かと一緒じゃないと、お店に入るのを嫌がる人です。」
ーーーえー…。そんなの初耳なんですけど〜…
「え…あ、そうなんだ〜… 。
でも最初はお友達と来て、なんだか私と話も合っちゃったりなんかして、一人で来られる様になったんじゃないかな?!」
ツライ…これはもうかなり苦しい。
「母に友達はいません。」
「いやいや…
そ〜んなことはないんじゃないかなぁ〜…?」
内心冷や汗ダラダラな佳乃が必死で平静を装っては見たものの、全く誤魔化されてはくれないエレナに、もう白旗を上げたい気分だった。
なすすべも無く目の前のコーヒーカップをとりあえず拭き始めた所で、エレナがうつむき加減に口を開いた。
「 …もう…嫌なんです…。
自分以外の周りだけがザワザワしてて…
お母さんだって絶対何かあるはずなのに…。
誰も何も行ってくれない!!
私の事なのにっ!
みんなゆっくり離れていくの!」