地下一階の小宇宙〜店主(仮)と厄介な人達
あさこ夫人に丁寧にご挨拶をして自転車に跨った。
走り出すと、閉店時間の遅い店舗の店仕舞にいくつか出くわし、挨拶と少しの立ち話をしたら、商店街を抜けるまでにかなり時間を食ってしまった。
ーーー近道のはずの商店街ルートが、遠回りするより時間がかかるとは…
だがそれだけこの町にも馴染んできたと言うものだ。
佳乃は心の中でこの町に感謝の言葉を呟いた。
思い切りペダルを踏み込んで、駅までの道のラストスパートをかける。
駅が見えてくると、何か違和感を肌に感じた。
同じようで違う。
佳乃は特に気にして無い風を装いながらも、視線だけそろりと駅を見渡してみた。
駐輪場に自転車を停めて歩き出す。
改札付近まで来ると、心なしかザワついた人々でいつもとは違う混雑が起きていて、サラリーマンが顔をしかめながらその女子の壁の合間を縫っている。
芸能人でもいるのかと、その視線の中心を目で追ってみると、そこにいたのは完全に予想外過ぎる人物だった。
「 …は…? 」
佳乃の呟きが聞こえたわけではないだろうが、タイミング良くその人物とバッチリ目が合った。
「 海星君っ?!」
女子の壁の向こうには、バイクに寄りかかって腕組みしているすこぶる機嫌の悪そうな海星がいたのだ。
この般若の如き表情を見ても、果敢に近寄れる女子の勇気は素直にすごい。
その恐ろしい表情のまま、海星がズンズンと佳乃に近付いてきた。
周りの女子は小さくキャアと歓声をあげているが、佳乃が回れ右の全速力で逃げたくなったくらいには迫力満点だ。
「ちょちょちょちょ…っ! なになにっ?!
なんでそんなに不機嫌…っ! キャッ!」
目の前までやってくると、佳乃の華奢な手首をグンっと掴んだ。
「てめぇ、遅ぇんだよっ!
商店街の真ん中からここまで何時間かかってんだっ」
「は? 何時間もかかってなっ! …っちょっと!」
そう言って掴んだ手をグイグイ引っ張りながらバイクに向かって歩き出した。
足の長さがそもそも違うし、それでいて競歩並みの速度で引っ張られたら、子供に乱暴に引きずられているぬいぐるみみたいに見える。
バイクまで到着すると、なぜかヘルメットをズボッと被せられ、自分もそうするとバイクに跨った。
「えっ? なに?! どうしたの?!」
何がなんだかハテナ過ぎる佳乃が、目を大きく開きながら呆然とされるがままになっている。
「 乗れ! 送ってやる 」
「え… なんで?どうして海星君がここにいるの?」
素直に乗るが正解なのか不正解なのか、突然過ぎて全く考えられない。
「なんでもいいから乗れっ!
とりあえずここから離れる 」
これ以上もたついたら更に不機嫌マックスになりそうなので、訳がわからないまま佳乃は海星の後ろに跨った。
バイクなんて乗ったことが無いので、どこを掴むべきかたじろんでいると、海星が前から佳乃の手を掴み、グイっと自分のおなかの前に回させた。
ーーー近っ!!
「ちゃんと掴んどけよ
…死ぬぞ 」
「っ死…っ!?」
言い終わらないうちに海星がアクセルをふかした。
「ちょっ! 待っ…!! ギャーーっ!!」
佳乃の心の準備など、一切お構いなしで海星がスピードを上げる。
駅前では、佳乃の叫び声と女子たちの歓声が、絶妙なハーモニーを作り出していた。