不純異性交際 -瀬川の場合-
クリスマス
紗奈は妊娠7ヶ月を迎え、お腹は会うたびに大きくなる。
大好きなコーヒーも控え、赤ちゃんの誕生を待っている。
「春先には赤ちゃんも産まれるっていうのに、こんな話してごめん…」
「…あのね、言ってくれないで1人で悩まれるほうが嫌だよ。
ーーーでも、私こそごめん。こんなとき、道を踏み外したら叱るべきが友達なのかもしれない。やめときなって、きっと止めるべきなんだと思う…」
含みのある言い方に、なにも言わず次の言葉を待った。
「この子の父親、妻子があるの」
意を決したように紗奈が言う。
私はどこかで予想していたその事実に、落ち着いて頷いた。
「…ねぇ、紗奈こそ1人で悩まないでよ。
みんな何も言わないけど紗奈が大好きだし、心配なんだから…」
そう言うと紗奈はどんどんと涙ぐんで、おしぼりを顔に当ててうつむく。
…やがて鼻をすする音がしたあと
「私ね……本当に好きだった。…一番の恋だった。
あの人がいなくても…この子を産むんだって…ね…心に決めたの」
切れ切れになりながらも言葉を伝えようとするその姿に、私まで涙ぐみながら相槌を打つ。
「だけどね……ヒック…たまに、どうしようもなく、孤独を感じる…ごめん…ミライィ…」
紗奈は昔から面倒見がよく情もあり、人と同じ気持ちになって一喜一憂してくれるような子だ。
芯が強く、いつも人の背中を押す側にいるタイプだった。
彼女の涙する姿を見るのはいつぶりだろう…。
「紗奈、なんで謝るの。私はちゃんと話してくれて安心してるよ。
…すごく浅はかかもしれないけれど、言ってもいいかな?」
紗奈はおしぼりに顔を当て、うつむいたまま頷く。
「赤ちゃん、みんなで育てようね。絶対絶対、たくさん協力するし。
特にアンナとか、子供大好きだからすっごく可愛がると思うよ?」
励ますように明るく言うと、やっと顔を上げた紗奈の目は真っ赤に充血していた。
---思い出した。
紗奈が涙していた記憶…それは、紗奈のお母さんが他界した時が最後だった。
私たちはまだ中学3年生で、その知らせを受けた私は転校先の地から母親に送ってもらい、お葬式に駆けつけたのだった。
母子家庭だった紗奈は、それから年の離れた未婚の姉と暮らしている。
「アンナは確かに、溺愛してくれそうな気がするよ(笑)」
すっかりいつもどおりの口調で話す紗奈。
ときおり鼻を拭きながら、先程の涙をなかった事にしたいように振る舞う彼女が痛ましくもある。
再びホットミルクを口にして、仕切り直すように
「で、瀬川とはどうするの?」
と問われる。
「どうするって…分からない…。
…実は同窓会のときだけじゃなくて、先週のキャンプの打ち合わせでも…」
「キスしたんだ?」
「うん…」
「可能性の話をするけどね…
もし紀子にバレるような事があったら、大事件だよ。
慰謝料の問題とかね、裁判沙汰になる事だってある。
なんせ同級生同士だから…どこから情報が漏れるか分からないし、正直言って危なっかしい。
ミライだってフミさんがいるわけだから、バレたら色々とまずいじゃん?」
私は深く頷くのが精一杯だった。
「自分のことを棚の上の上にあげたこと言うけどさ…、火遊びなら今のうちにやめといた方が良いと思う。そうじゃないなら、瀬川とちゃんと話さないといけない事なんじゃない?」
私が深刻な表情で一点を見つめていると、紗奈は切り上げるように言った。
「ま、とにかく身体の関係は持たずに、ちょっと考えてみなよ。キャンプもあるしさ!それが終わったら、しっかり答えが出せるといいね」
「うん…。」
私は結局、自分がこれからどうしたいかを少しも話せなかった。
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アップルでの会話を思い起こしていると、携帯が鳴った。