めぐる鍵、守護するきみ-鍵を守護する者-

守護者の真偽


美都は一人、まだ慣れない学校から自宅への帰路を歩いていた。
あの後あやのは無事に目を覚ました。
どこも痛い所はないか訊いたところ、「しいて言えば突き指したところくらいかな」と笑って言っていた。彼女も春香の時と同様にスポットの中にいた時のことがまるで覚えていない様子だった。
スポットの内部の記憶は消えるのだろうか。それとも本人たちがショックで忘れてしまうのだろうか。何にせよ、覚えていないことに安堵した。逆に自分の方が顔色が悪かったように見えたのか、あやのに心配されてしまった程だ。
あの後彼女を見送り、再び自分の鞄を取りに行くために教室へ向かうと凛の姿は無かった。伝えた通り、先に帰ってくれたのだろう。諸々説明すると言った手前申し訳ないことをした。それでもあの状態で話をするのは到底無理だったので判断としては間違っていなかったはずだ。
そんなことを考えながらとぼとぼ歩いていると、いつの間にか自宅のマンションの前にある公園の通りに差し掛かっていた。
時刻は夕暮れ前。まだ公園内には子どもたちの元気な声が響いている。
「あ! みとちゃん!」
聞いたことのある声が自分の名を呼んだ。公園の入り口付近で二人分の人影が見える。那茅と弥生だ。
「あら、お帰りなさい。そう言えば今日は始業式だったわね」
「あ……う、うん」
そう言えば朝からいろいろな事が有りすぎて忘れていたが今日は始業式だった。弥生に言われてふと思い出す。
「──? 何かあったの……?」
煮え切らない返事を不思議に思ったのか、弥生が鋭い質問を投げてきた。美都は視線を少しだけ落とす。
宿り魔が出現したことを弥生に言うべきか。でも早々に心配をかけるようなことをしたくない。それに今話しこんでしまうと那茅との時間を奪ってしまうようで気が引ける。
そう考えると美都は首を横に振った。
「なんにも、ないよ」
あくまで笑顔で弥生に応える。話すにしても今じゃない。しかしその受け答えを益々疑問に思ったのか弥生は更に訝しげな表情を見せた。
「美都ちゃ……」
「みとちゃんも一緒にあそぼー!」
美都の名を呼びかけた弥生の言葉を、娘の那茅が勢いよく遮る。
「ごめんねなっちゃん。まだこれからやることがあって……」
那茅の無邪気な誘いを断るのは心苦しいが、エネルギーを補給していない身体では遊んだとしてももたないだろう。那茅の視線に合わせるように屈むと頭を撫でた。
「えー。いっしょにあそびたいー!」
「なーち。我儘言わないの。今度一緒に遊んでもらいなさい」
明らかに残念がる那茅は、弥生からの窘めに不服そうに「はあい」と肩を落として返事をした。
那茅に合わせていた視線を戻すため立ち上がると、今度は弥生と視線を交わす。
「じゃあ弥生ちゃん。先に帰ってるね」
「えぇ……」
半ば強引に身体を捻り、マンションの方へと歩きながら弥生に手を振る。
弥生は腑に落ちない表情を浮かべながらも追求することは無く、そんな美都を目で追いかけるように、彼女の背中を見つめた。
(美都ちゃん……?)
心なしか元気がなかったように思える。学校で何かあったのだろうか。だがそれを詮索しても良いのだろうかと悩んでしまう。新学期になってクラスも変わった。もしかしたら仲の良い友人と離れてしまってそれで落ち込んでいるのかもしれない。そうであるならば自分の出る幕は無いが、あの表情が気にかかる。
「おかあさん?」
「あ、ごめんね那茅。行こっか」
「うん! あ、あすちゃんだ! あすちゃーん!」
娘の声にハッとして向き直る。
入口付近で立ち止まっていたのでそのまま公園の方へ向きを変えたところ、友だちを見つけた那茅は注意する間も無く一目散に駆けていった。
あのお転婆さは一体どちらに似たのかと考えていたとき、視界の端で見覚えのある姿を捉えた。
「四季くん!」
先程美都が歩いてきた方向から、四季が向かってくるのが見えた。名前を呼ばれたのに気づき、四季が弥生の元で足を留めた。
「弥生さん。ども」
「おかえりなさい。ねぇ四季くん、学校で何かあったの?」
「は?」
挨拶するなり弥生が直球で質問を投げた。
四季はその質問を変化球のように感じ上手く受け取ることが出来ず素っ頓狂な声を出す。
「ちょっと前に美都ちゃんも帰ってきたんだけど、なんだか表情が暗くて。四季くんなら何か知ってるかなって思って」
「あー……なるほど」
弥生の説明を聞いて納得した表情を見せつつも、少しだけ気まずそうに口元に手を当てると四季は彼女から目を逸らす。その反応で『何か』があったことは確信に変わった。
弥生は言葉にしない代わりにじっと四季のことを見つめて次の言葉を待つ。それに堪えられなくなったのかとうとう四季は口を開いた。
「いや、その……学校で────」
四季は後になってこのときのことを話すと、年上の女性には逆らうものじゃないと思い知ったのだと言った。





(おなかすいた……)
弥生と別れてからそのまま自宅に戻った美都は、様々な事の疲労が重なり帰ってくるなり自室のベッドに身を投げ1時間程突っ伏していた。
食事当番の義務は朝と夜だけだ。昼は各自で摂るようにしている。今日に限って帰宅したのが日暮れ前だったためとうとう昼食を食べずに過ごしてしまった。どうあがいても空腹に勝てないところは、人間の不便なところだと感じる。
突っ伏したまま今日あったことを思い出していた。新学期初日から密度の濃い一日だった。
(──! そうだ……)
急に思い出したのは凛のことだった。
散々待たせた挙句、宿り魔の出現で何の説明も無しに先に帰るよう促した。引越しをした件を説明する約束をしていたのに結局それをすることが出来なかった。
美都は顔をあげ、尚もベッドに横たわりながら床においたままの鞄からスマートフォンを取り出す。
怒りのメッセージが入っているかもしれないと恐る恐る画面を確認したが、意に反して何も通知は来ていなかった。それもまた逆に怖くはあるが。
凛の連絡先を呼出し、【今日はごめん。明日ちゃんと話すから】というメッセージを送信する。
間髪入れず彼女から【絶対よ】と返信がきた。毎回返信が早くて驚くが今日に限っては返ってきてほっとしたという気持ちもある。怒っていたら恐らく返事もくれないだろう。
凛とは長い事一緒にいるが大きなケンカをしたことが無い。というのも凛が怒るのはいつも美都に対して心配の割合が強いからだ。
心配させてしまって申し訳ないという気持ちはあるが、守護者のことに関しては口外禁止だ。
明日改めてそのことを上手く説明しなければ、とスマートフォンを胸に抱え仰向きになり深く息を吐く。
その瞬間扉をコンコン、と2回叩く音がした。
『美都ちゃん? 弥生よ。今大丈夫かしら』
「! 弥生ちゃん?」
思いがけない来訪者の声に慌てて飛び起きる。そして床に足をつけてベッドに腰掛けた。
『開けても平気?』
「あ、うん」
そう返事をすると同時に立ち上がる。するとゆっくりと扉が開き弥生が顔を覗かせた。
「ごめんね、疲れてるところ」
「ううん、全然。でもなっちゃんは?」
先程公園で二人と会ったばかりだ。と言っても1時間程経っているため戻っていても不思議ではない。
だが彼女が娘から目を離すとは思えなかった。
「大丈夫よ。今は四季くんが見てくれてるから」
「! 四季が……」
「四季くんから話は聞いたわ。隣、座ってもいい?」
美都は少し気まずそうに頷くとそのままベッドに腰掛けた。
弥生もそれに倣い、美都の横に座る。
「大変だったわね、新学期初日から」
「うん……」
「──怖かったでしょう……?」
美都の気を遣うように、弥生が優しい声で訊ねる。
その質問に、着たままだった制服のスカートの上で強く手を握りしめた。
「怖かった。結局わたし、何もできなくて……」
「そんなの当たり前よ。あれはこの世のモノじゃないもの。でも美都ちゃんはちゃんと立ち向かっていったんでしょう?」
「そうだけど、でも……!」
優しく声をかけてくれる弥生の言葉を否定する。
否定するのは自覚しているからだ。自覚というよりもそこには事実しかない。
美都は自分の右手を見ながら呟いた。
「指輪は……、何も反応しなかったの」
解っている。指輪が反応しなかったのは、「怖い」という気持ちが先行したからだと。
以前弥生から「怖いという気持ちよりも守りたいと強く願えば指輪は力を貸す」と教えられた。
しかし、あの時どうしても恐怖心が強くなってしまった。
友人の悲鳴を聞いて、足が竦んでしまった。
「わたし、……──本当にわたしが守護者なのかな……」
こんなに憶病な自分が、本当に鍵を守る守護者なのだろうか。
その疑問を弥生にぶつけた。
弥生は美都の口からそれを聞くと、少しだけ反芻した後目を細めて言葉を紡いだ。
「……その指輪があなたの手元にある限り、守護者であることに間違いないわ。守護者を選ぶのは指輪そのもの。選定基準は定かではないけれど……指輪が、あなたには力が必要だと判断したはずなの。守る為の力が──……」
「守るための力が、必要……? わたしに……?」
弥生の言葉を耳にしながら彼女の方へ顔を向ける。
弥生は無言で頷いた。
再び自分の右手を確認する。指輪は相変わらず中指に収まっているだけだ。
なぜ指輪が自分に力が必要だと判断したのかはわからない。それでも弥生の言うとおり、この指輪が守護者である証なのは間違いないということだ。
「本当なら……女の子にこんなこと言うべきじゃないってわかってるの。でもね、美都ちゃん」
しっかりと前置きをして、弥生も美都の方を向いた。
「あなたが生身で立ち向かっていったのは、少なからず『何とかしなきゃ』っていう気持ちがあったからでしょう? 大半の子はそれが出来ずに逃げることを選ぶわ。それでも、あなたはそうしなかった。美都ちゃんに必要なのは、あとほんの少しの勇気。それと自分を信じること」
勇気、と言う言葉を反復して口にした。弥生はそれに頷く。尚も彼女は話を続ける。
「まだ子どものあなたに、『戦って』なんてこと、本当は言いたくないの。でも……──私も守護者であった以上、そう言うしかできない。……ごめんね。その力を使えるのは、あなたしかいないから」
弥生は伏し目がちにしながら、懇願するように美都に話す。
(わたしにしか使えない力……)
あのとき指輪が反応しなかったのは、恐怖心が勝ったからだ。
もしまた同じような場面に出くわして「守りたい」と強く願えば、力を使えるようになるのだろうか。
だがそれを今考えたところで、仮定の話に過ぎない。結局はまた来たるべき時にしか結果は得られないのだ。
黙ったまま自分の思考に耽る美都を励ますように、弥生は美都の背中に手を回した。
「大丈夫よ、美都ちゃんなら。私は話を聞いてそう思ったわ」
「! 弥生ちゃん……」
弥生はそう言うと今度は自分の方へ引き寄せ、優しく頭を撫でてくれた。
彼女の心音を感じながら、ふと懐かしさを思い出す。
そう言えば円佳も、自分が不安になるとこうして抱きしめてくれた。背格好や香水の香りなど違いはあるが、どちらも安心することに変わりはない。
しばらく目を瞑って彼女の優しさに甘えた後、ゆっくり頷いて体勢を戻し弥生を見た。
「ありがとう弥生ちゃん。今度はちゃんと……私なりにやってみる」
「あまり気負いすぎないでね。出来ないのが普通なんだから」
自分で言った言葉を咀嚼するように、弥生は何かを思い出しだように繰り返した。
「そうよ、出来ないのが普通なの。全くもう四季くんたら、女の子を怒鳴るなんて」
少し不服そうに顔を歪め自分の頬に手を当て息を吐く。
「いや、そんなに強く言われたわけじゃ……」
「それでもよ!」
四季のことを庇おうとしたところ、弥生が強く遮った。彼女なりに何か思うことがあるらしい。
「いい? 美都ちゃん。守護者同士はあくまで対等な立場よ。今は四季くんの方が先に守護者として覚醒してるから負い目を感じるかもしれないけど気にすることないの。むしろ立ち向かっていった自分を褒めてあげるべきだと思うわ」
「う、うん」
むきになりながら話す弥生に少しだけ気圧される。何か過去にあったのだろうかと思うくらいだ。
「四季くんは私が叱っておいたから、今後また何かあったらすぐに教えてね」
「え? 叱って?」
「当たり前よ。美都ちゃんだけ怒られるなんてフェアじゃないもの。私がちゃんと言っておいたから安心して」
この場に四季がいない理由がなんとなくわかった気がした。
弥生は優しそうに見えて実のところ芯が強い女性のようだ。四季には申し訳ないと思いながらも、自分のことを思って行動してくれたことが嬉しく思えた。
怒られている四季を想像すると少しおかしくなり、顔が綻ぶ。
「ふふ、ありがと弥生ちゃん。ちょっと元気出た」
「よかった。それじゃあ私は戻るわね」
立ち上がった弥生に倣うように、美都もベッドから腰を浮かせた。
「わざわざごめんね。なっちゃんにも……──今日は遊べなくてごめんって」
「いいのいいの。代わりに優しいお兄ちゃんが遊んでくれたから満足してるはずよ」
弥生はおどけたように言うと、再び美都に「それじゃあね」と手を振り部屋から出て行った。
彼女の姿を見送った後、ふと窓の方へ目をやる。
マンションの下の公園にはきっとまだ四季と那茅がいるのだろう。
美都は一度大きく深呼吸をすると再びベッドに腰掛け、上半身を後ろへ倒した。仰ぎ見る白い天井の間に、指輪の嵌った右手を差し込む。
あの時、確かに指輪はいつもと違う反応をした。
それでもダメなのだ。恐怖心が勝っては指輪はただの物体でしかないと、そういうことなのだろう。
(守る為に必要な──……、私にしか扱えない力……)
弥生の言っていたことを頭で反復する。
「──私に、何を望んでいるの…?」
思わず指輪に向かって呟く。金色の輪は電球の光を受け少しだけ反射した。応えるはずもない無機物をもう片方の手で覆うとそのまま額の上へ下ろす。
美都はそのまま夕方の微睡に誘われ、ゆっくりと瞼を閉じた。





次に目を覚ましたのは、すっかり日も暮れたときだった。
窓の外は既に暗く時計を確認するまでは時間を判別することが難しい。
ベッドの上に置いたままであったスマートフォンを手探りで手繰り寄せる。
(19時……)
思ったよりも時間が進んでいなかったことに安堵した。
それよりも制服を着たまま眠り込んでしまった事に少し後悔する。常盤家にいた頃は散々円佳に口酸っぱく言われていたので、帰ったらすぐに部屋着に着替えていたのだが監視する者がいないとすぐこれだ、と自分でも呆れてしまう。
ベッドから身体を起こし部屋着へ着替え始めた時、リビングで物音がすることに気付いた。
今日の食事当番は四季だ。恐らく彼が夕飯を作ってくれているのだろう。
脱いだ制服をハンガーにかけ、申し訳程度にしわ伸ばしのスプレーを吹きクローゼットの取っ手に架けた。
四季と会う事に気まずさがないわけではない。ただ今日の事を話さねば色々と進まないのは明白だった。
一旦深呼吸して部屋から出る。
廊下は電気がついておらず薄暗い。廊下といっても数歩もすればリビングなのであってないようなものだが。灯りを頼りにリビングへ向かうと、キッチンには四季の姿があった。
「おかえり」
と言うには既に遅いことは解っていたが、適当な言葉が見当たらなかった。
作業をしながらも美都の気配に気づいたらしく、四季も美都を一瞥する。
「ああ」
尚も忙しなく動かす手を止めない。
リビングへ来たのはいいがやる事も無くどうしようかと思った瞬間、四季が言葉を続けた。
「何も食べてないんだろ。もうできるからちょっと待ってろ」
「あ、うん。じゃあ手伝うよ」
美都はそのまま四季のいるキッチンへ回り込む。
「その平たい皿、2枚とって」
四季からの指示を受けて食器棚の手前にあった該当しそうな皿を出し、キッチンスペースに置く。
すると手際よく出来たばかりの料理が盛り付けられていった。
手早さに感心しているとすぐにカウンターへ皿が移される。それぞれの箸を持ち、今度はテーブルへ向かった。マットの上に対面にして揃えて置き、カウンターから先程の皿を取り並べた。
こうしているとなんだか常盤家のことを思い出す。そんなに経っていないはずなのに随分と懐かしい感じがした。
想い出に耽っているのも束の間、すぐにカウンターには小皿が置かれた。同じように美都がテーブルにその小皿をスライドさせる間、四季が茶碗を取り出した。
「分量。わかんないから自分で」
といって蒸気をあげた炊飯器から炊き立ての米をよそった。
杓文字を手渡され美都も彼に倣ってよそっていく。
四季は茶碗を持つとエプロンを外しながらテーブルへ向かった。
テーブルの端に置いてあるリモコンを手に取り、テレビの電源を入れる。
ちょうどバラエティ番組が軒を連ねる時間だ。ついた番組のままチャンネルを変えることはしなかった。
お互い席について手を合わせる。
「いただきます」
目の前には色とりどりのおかずが並ぶ。先程の小皿はほうれんそうのおひたしのようだ。
しっかりと野菜が入っており栄養バランスも良さそうだ。
朝以来のまともな食事だ。空腹だった胃が満たされていく。
そう言えば対面で食事をするのは初めてかもしれない。この共同生活を始めて1週間近くになるが、お互いどこか遠慮がちだった。努めていつも通りを心がけていたが、他人との共同生活はやはり神経を使うということを再確認した。
沈黙が苦手なわけではないが料理に手を伸ばしながらちらっと四季を見る。
今日のことを何から話そうかと決めあぐねていたところ、彼の方が先に口を開いた。
「今日……悪かった。怒鳴ったりして」
「え? う、ううん。わたしのほうこそごめん」
心底反省している、というような声色で四季が謝罪の言葉を述べた。
まさかそんなに気にしているとは思わなかったので素直に驚いた。
「そりゃあんなのが目の前に現れたら怖いよな」
「………」
互いに箸が止まる。
宿り魔に掴まれた箇所は痣にはなっていなかったもののあの感触は未だに残っている。
「あいつらに話は通じない。目的はあくまで心のカケラだ。そのためなら恐らく手段を選ばない。今日みたいなことが、今後ずっとあるはずだ」
「……うん」
四季はその経験から宿り魔と交戦してきたことを語った。
伏し目がちになりながらその話を耳に入れ、溜息に近い相槌を打つ。
「……でもまあ──大丈夫だろ。あれだけ動ければ」
「え?」
意図しない言葉に美都は思わず顔をあげる。
「俺が怒ったのは、……その、まさか守護者の力もなしに突っ込んでいってるなんて思わなくて。危ないだろ。普通なら逃げてるぞ」
弥生にも同じようなことを言われた。
思い出しながら四季は続きを話す。
「でもあれで守護者の力さえあれば充分戦える。あとは前言った通り、習うより慣れるしかない。……なんだよ」
驚いて目を瞬かせながら四季を見つめていると、視線が気になったのか逆に訊き返された。
「ううん。なんかもっと怒られるのかと思ってたから……びっくりしちゃった」
「怒る所ないだろ。しいて言えば向こう見ずで危なっかしいことだ。今日で良くわかった」
そう言うと四季は再び箸を動かし始めた。しいて言われたところに美都は納得できず少し口を尖らせ気味に応じる。
「そんなに向こう見ずじゃないと思うけど……。今日は無我夢中だったし」
「この間も単体で突っ込んでってただろ」
「あ……そっか」
反論したつもりがあっさり正論を返されてしまった。
無我夢中だったことに変わりは無いが端から見れば向こう見ずということになるのかと納得する。
「まあ心意気は買うよ」
その瞬間少しだけ四季の表情が和らいだ。その顔を見て思い出したように美都が声をあげた。
「あの……! 今日も助けてくれてありがとう。それと……ごはん、すごく美味しい。……です」
改めて真正面からお礼を言われ、今度は四季が目を丸くした。
次の瞬間には少しバツが悪そうにそっぽを向き美都に答えた。
「……どうも。それと敬語はやめてくれ」
「なんで?」
「面映ゆいだろ」
「おも……は……?」
耳に新しい言葉に首を傾げているとすかさず四季が切り込んできた。
「わかんなかったらあとで調べろ」
「はあい」
言葉の意味は解らなかったが、恐らく素っ気ない態度は照れ隠しなのだろう。美都は素直に相槌を打った。
学校で会話したときも思ったが、やはり四季は頭が冴えている。こういうところにふと年齢を感じる。
単純に大人びているというわけでなく、物事を客観的にとらえるのが上手なようだ。それに意外ときっちりしている。食事に関してもそうだが手を抜かない性格なのだろう。
この一週間あまり干渉してこなかったが、よくよく見ると些細な事で得られる情報は多い。
「ねぇ、四季は鍵とか守護者とか……そういうのどれくらい知ってるの?」
まもなく食べ終わろうとしている四季を見ながら、今朝学校で考えていたことを口にする。
彼の方が先に守護者として戦っているのだ。素朴な疑問をぶつける。
「……正直良くわからないことの方が多い。戦えって言われたから戦ってる感じだな」
「そっか……」
「まあやってくうちにわかるだろ、たぶん」
四季もまだ探りながら守護者として戦っているようだ。彼の場合、ひとまずは目の前に現れたあの化け物を倒すことを優先としている気がする。鍵のことはまだよく解らないが、自分しかできないことをしているということだろう。
「あ、そうだ。守護者の時は名前呼ぶなよ」
「え? あ……そっか」
四季が思い出したように美都に言ったことは、守護者の姿であるときの注意事項だ。
普段の彼と守護者の時の彼とでは容姿が異なる。それは以前話したように周囲の人間に危害が加わるのを阻止するためだ。
一瞬疑問に思ったあとそのことを思い出して納得した。
「でも、それじゃあなんて呼べばいいの?」
ちょうど食べ終わり、席を立った四季に質問する。
「好きなように呼べばいいさ。コードネームみたいなもんだろ。今まで一人だったから決めてなかっただけだ」
「うーん……好きなように……」
四季はあまりこだわりがないようだ。その言葉を反復したところ、キッチンに回り込んだ彼から助け舟がきた。
「弥生さんたちは花の名前だったらしいぞ」
「花? 椿とか向日葵とかそういうの?」
「……たぶん」
今の会話からするにおそらく四季は考えるつもりもないらしい。これはネーミングセンスが問われるやつだと美都は瞬時に理解した。
再び頭を悩ませていると、手際よく食器を洗い終えた四季が声をかける。
「次までに決まってればいい。じゃ、先に風呂入るから」
「あ、うん」
そう言って四季は美都の後ろを通り過ぎ自室に戻った。
自分も早く食べ終えて明日からの支度をしなければ。
早速明日から通常授業に入るのだ。そう考えると受験生は忙しい。
「…………」
美都は一つ大きな溜息を吐く。その理由は色々ある。
ひとまずは彼と話せて安心したこと。そしてまだこれから凛に話さなければならないことだ。
明日会ってみて彼女がどこまで知っているかにもよるが質問攻めにあう事は必至だろう。
納得できる回答が出せるか。彼女に嘘をつきたくないという思いもある。自分の中でどこで落とし込みができるかだ。
考えながら最後の一口を呑みこんだ。
まだ恐怖がないと言ったら嘘になる。今日のことがあればなおさらだ。それよりももしまた力が発動しなかった時のことを考えたらと思うと怖い。
目の前で助けられない恐怖。苦痛を堪える声が耳に残っている。
美都はそれを振り払うように思いっきり首を横に振る。
(戦う術は、あとほんの少しの勇気……それと)
自分を信じること。
弥生が言っていた言葉だ。
その言葉を反芻しながら、食事を食べ終えた美都は思い切り椅子から立ち上がった。


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