愛してしまったので離婚してください
離婚してください
「雅さん、離婚してください。」
そう言った瞬間、雅のグラスを握る手にピクリと力が入ったことに気が付いたのは、まともに目を見ることができなくて視線を落としていたから。

筋の通った大きな手。
この手で何人の人を助けて来たのか、私は知らない。想像をきっと遥かに超えた数字なのだろうということだけは簡単に予測ができた。

ニューヨークの大学病院でこの5年、彼は寝る間も惜しんで実践経験を積み上げてきた。
日本の人口よりもはるかに人口の多いこのアメリカ。最先端の外科的処置を学ぶことができ、かつ、日本よりもかなり実践経験の回数を踏めるニューヨークの病院。

雅は病院から地下鉄で一駅離れた家に、ほとんど泊ったことがない。
家に帰宅してもすぐに病院から呼び出されたり、荷物を取りに一時的に家に寄る程度だった。
病院の当直室に寝泊まりをして、寝る間も惜しみながら研究や新しい技術の習得に情熱を注いでいることは知り合いの病院関係者から話で聞いて知っている。

私、藤川晶28歳。夫であり外科医の藤川雅32歳とこのニューヨークに来る直前に私たちはお見合い結婚をした。
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