ダンスの新星!!~私の秘密は元トップアイドル~
 でも素直に殴れるわけがない。アイドルにとって顔は商売道具。傷一つ付けてはならないのは百も承知だ。律が殴れないとわかっていて、そんなことを言っているんじゃないのか。

 ――あの時のことを詫びるなら、もっと他に方法があるでしょ。
 ――私はもう一般人だから、アイドルを本気で殴るとでも思ってるの。
 ――昔を忘れることなんてできないよ。アイドル時代の延長線上に今があるんだもん。

「……元アイドルである以上、どんなに憎くても殴れない」

 様々な思いが湧き上がり居ても立っても居られず、律はその場を去ることしか出来なかった。



 シティーホールから飛び出した律は、急ぎ足で帰路についた。

 ――そういえばあの日もこんな風に、急いでたんだ。

 今から四か月前、雪が降りそうなくらい寒い日のことだった。年末年始のハードスケジュールがたたり風邪気味だった律は、一人きりで、薬を買おうと出かけていた。

 こんな時はマネージャーを呼び出すものだが、久々のオフの日くらいは休んで欲しいと思い連絡しなかった。

 ドラッグストアで薬を買い歩道橋を渡っている途中。
 律はカメラマンに尾行されていることに気付いた。
 一刻も早く家に帰りたくて早足になった。
 突然、後ろから誰かに呼び止められた。

「先輩っ」
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