骨の髄まで愛したい
 今日もいつもと変わらない朝。


 煩わしい目覚まし時計の音…ではなく、包丁が規則正しく刻む優しいリズムで眠りから覚める。

(あ、今日の朝は和食だ)

 美咲はゆっくりと布団から体を起こし、大きなのびをした。

 「おはよぉ…」

 そう言ってリビングに入ると、低いテーブルの前でくるくるの茶色い髪が揺れた。

 「美咲、おはよう。よく寝たね笑」

 そう言って笑う杏ちゃん、杏子はすでにメイクがばっちりで、最後の赤いリップを塗ろうとしていた。

 私、藤川美咲(ふじかわみさき)は、この春、高校に入学した。
 
 杏子は、私の1つ上で、高校2年生。

 杏ちゃんは、毎朝、誰よりも早く起きて、身支度をする。

 もともと杏ちゃんは、可愛らしい顔をしているので、別に濃いメイクをする必要はないと思うけれど、ギャルに憧れる杏ちゃんにとって、童顔をメイクでカバーすることは重要らしい。



 私は、杏ちゃんと少し話をすると、味噌汁の良い匂いがしてくる台所に近づいた。
 
 綺麗なマッシュヘアが目に入る。

 
 「おはよう、亮太」

 「おはよ」

 台所に立ち、手際よく朝食の準備をする亮太(りょうた)も、杏ちゃんと同じ高校2年生。

 「今日、亮太の卵焼き!?」

 「そうだよ、みさの好きな甘いやつ」

 
 私たちが生活するこの家で、料理担当は亮太だ。

 ‥恥ずかしながら、女子である私と杏ちゃんは、料理が全くできない。

 エプロン姿が様になる亮太は、日常の朝の光景そのものだ。
 
 「もうすぐできるから英二起こしてきて」

 亮太はまるで、母親みたいなことを言う。
 
 「わかった〜」

 
 
 私は玄関のすぐ近くにある、英二の部屋に向かった。

 「また布団から出てる」

 英二の寝相が悪いのはいつものことだが、今日はいつにも増してひどい。
 布団が敷かれていない畳の上に全身を投げ出していた。

 
 私の目の前で、爆睡している英二も高校2年生。私たちはこの4人で、一つ屋根の下、暮らしている。
 
 4人の中で、唯一私だけ、学年が違う。

 

 「英二、ご飯できるって。起きて!」

 「んん…」

 
 (相変わらず綺麗な顔だな。)

 美咲はじっと英二の寝顔を見つめた。

さらさらの真っ黒の髪はだいぶ伸びてきて、前髪が目にかかっている。
切長で、くっきり二重の目と長いまつ毛。
すらっとした鼻筋。

 視線を下に下ろすと、だぼっとした薄いシャツからのぞく鎖骨と、服の上からでも分かる大胸筋が目に入る。
 男女の体の違いを感じさせる、たくましい体つきが私の鼓動を少し速めた。

 そのまま、下半身に移ろうとする自分の視線にはっとし、自分がなかなか変態的な思考を回らしていたことに恥ずかしくなった。

 その感情を紛らすように、咄嗟に私は英二の鼻をつまんだ。

 「‥ん、ふっごほっ」

 英二の瞼が突然開いた。

 「美咲か、何すんだよ」

 「だってなかなか起きないから。 
  ご飯できるってよ!早くきて!」

 私はそう早口に言うと部屋を出た。

 一瞬のふしだらな感情に気づかれないように…。
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