骨の髄まで愛したい
 家の中に入ると玄関の扉にもたれかかる。
自分の鼓動が速くなっていることに気づいた。もらったレシートを見ていると、勝手に涙が溢れてきた。
 
 もう私は男の恐怖を忘れている。かすかに、掴まれた腕の痛みを感じるが、心の傷は、その後に出会った2人の温かさですっかり癒えてしまった。

 いつもの真っ暗な家の様子は変わらないが、右手に握りしめる、彼の番号が、私に一筋の光を与えてくれる。
 
──私は人の温かさに久しぶりに触れた気がした。

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 何日か学校に通っているうちにあの2人がどんな人なのか徐々に分かってきた。なぜなら、1年生の中でも噂話で名前が上がるほど、学校で有名な人らしいからだ。
 
池谷英二《いけたに えいじ》、瀬良杏子《せら きょうこ》は、2年の不良グループ(簡単に言えば控えめなヤンキー集団)の中心メンバー。
 
〝そのビジュアルの良さと、悪っぽい雰囲気がたまらない”と生徒から人気を集めている…らしい。

 つまり、あの事件がなければ本来私が関わるはずのない人たちである。

 あまり学校の中ではすれ違わないようにしていたけれど、杏子さんは私に気づくと大きく手を振って、眩しいくらいの笑顔で私の名前を呼ぶ。
 その度に、周りの同級生から〝え?どういう関係?” と言わんばかりの視線を、一気に集めるのだ。
 
私は静かにぺこりとお辞儀をする。

 あまり目立ちたくはないけれど、できることならもう一度2人と話したいと思った。
 派手な見た目と反した、あの2人の優しい空気は居心地が良く、それを1年生の中で私だけが知っているという優越感は、少しだけ私を強くしてくれた。
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