2章・めざせ転移門~異世界令嬢は神隠しに会う。

未来で憂う政略的婚約者

マーシャが、
ロミの用意してくれた
サンドイッチバスケットを片手に
浜辺に向かって海沿いを
自分の足で
歩くのは、
魔力のないルウに、どこか
気兼ねをしている為。

「らしくないって解ってるけど」

『マーシャ!!
今日も海に行かれるの?!
おやめなさいな!貴女
婚約者様に、相手に
されてないんでしょ!!』

講義室の出掛けに
クラスメイトに言われた
言葉が独りになると
じわじわとマーシャに
効いてくる。


『ルウ』

それは、
御忍びで外へ出る時の
ガルゥヲン皇子の呼び名。

マーシャの婚約者は
旧ウーリウ藩島である
スカイゲートが
下界に下降する度に

マーシャも良く知る浜辺から
海底遺構へと、
狂ったように素潜りを
繰り返している。

その意図の1つだけは、
マーシャも何とか解っていると
思っては、いる。

婚約者が
頻りに潜る浜辺は
マーシャが
寝物語に母から何度も
聞いた浜だから。

『マイーケ・ルゥ・ヤァングア』

マスター・ラジ達には
気安く
『マイケル』と呼ばれた
婚約者の母親と
マーシャの母親が

初めて出会い、
生きる為に潜り続けた場所だ。

婚約者・ルウこと、

ガルゥヲン・ラゥ・カフカス
皇子は

カフカス王帝領国
衛星島スカイゲートが主、
テュルク帝弟将軍の
息子でありながら、

現、カフカス王帝領国の
皇帝第一次継承皇子に収まり

其の婚約者にマーシャが
選ばれた。

テュルク帝弟将軍の
筆頭側室
スュカ妃の従弟。
最優位魔導師でもある
ザードと
元マイケルの側使魔導師
ヤオとの間に生まれた

漆黒の髪と瞳を持つ娘、
マーシャ・ラジャ・スイラン。

最優位魔導師は
一代のみの爵位を配されるが、

筆頭側室スゥカ妃実家、
コーテル大公一族に組し
スイラン公爵次男である
マーシャの父、ザードは
16年前に旧ウーリウ藩島を
襲った次元津波の対抗指揮を
とった功績により
異例の叙勲、
宮廷伯を拝した。

魔力なしの皇子にとって
此以上ない後ろ楯と
カフカス王帝国貴族が誰しも
囁く
政略的婚姻といえる。


「いっそ染めてしまいたいなあ」

マーシャは、
自分の揺れる巻き毛の黒髪を
手で弄って、ため息をつく。

物心ついた時から
父親と母親に付いて、
登城していたマーシャにとって
ガルゥヲン皇子との迎合は
極々自然。

ガルゥヲン皇子5歳、
マーシャ4歳の春だった。

「でも、ルウの母さまも、同じ
黒髪に黒の瞳なんだよね、、」

当時
マーシャの髪と瞳を見た
ガルゥヲン皇子は嬉そうに
父親譲りの美貌の片鱗を
既に幼子からみせる
容姿で且つ、
銀髪を揺らしながら
マーシャの瞳を覗き込むと

『絵姿の、母うえとおなし
くろとくろをしてるのだね。』

そう言って、ぎゅうぎゅうと
訳がわからないマーシャを

縫いぐるみの如く
抱き込んできて、その後も
暫く手を繋いだままだった事に、
マーシャも
4歳にして 恥ずかしくなったのを
今でも覚えている。

政略婚姻だとか
全く解らない4歳のマーシャは
極々自然に
婚約者を大好きになって、
すぐに其の気持ちを
初恋へと昇化させたのだった。

初めて
ルウと出会った日を思い出す
と、潮の香りが一段と
増し
目元がしょっぱくなって
マーシャは馴染みの浜に着いた。

このスカイゲートを取り囲む
海に沈む海底遺構の浜の、
一段と複雑な建物が
眠る水底の其所に

波打ち際に立って
『遠見』の能力を使う。

成人前にして、殆どの能力を
開花させているマーシャは、
合わせて『潜水』の能力を発動
させて、
海底遺構に潜っているであろう
ルウを探す。

「今更、ここに潜って、ルウは
どうするつもりなんだろう。」

例えば
『逆行』能力を使えば
その空間で、起きた過去の残像を
見る事は可能ではある。
とはいえ、この能力は
酷く魔力を使う為、

魔力量が圧倒的に多い
マーシャでも、そうそう行使は
したくない能力で、
もちろん魔充石に付加できない
能力の1つでもある。

故に、ルウが
母親がかつて往き来した海を
懐かしさだけで
こんなにも潜るとは
マーシャは思えない。

「魔力が、なくても 。ないから
こそ、見える景色がある。か」

マーシャの母親が、
寝物語の間によく、マイケルが
言っていた言葉だと
教えてくれた台詞。

マーシャの『遠見』が
ルウの姿を、捉え、その瞬間
ルウがマーシャの視線に
眼光を放つ!

『ラジャ・スイラン嬢。何か?』

其の動きから容易に
冷気を纏うような言葉を
ルウの口から読んで
マーシャは戦いた!!

ルウは、

ガルゥヲン皇子は、
マーシャの
『遠見』の視線を察知した!
的確に発動主を捉えて!

「ほんと、魔力がないとか、
思えない勘の鋭さなんだから」


魔力なしの外戚第一皇子。

全王帝領国民が
魔力を持つ
カフカス王帝領に於いて、
上位貴族は
豊富な魔力を持つが故に
爵位を賜っているという
風潮は強い。

『魔力なしが皇帝の玉座に座る』

喩え
奇跡の神子と言われても、
ガルゥヲン皇子自身さえ
望まない継承権。

皇帝を支える為に
このスカイゲートさえ出て、
妃になり
隣に立つ未来は
成人の儀を終えて学院を
卒業すれば確実にせまり、
それは
カフカス王帝領国での
2人の波乱の始まりになるのは
必至。

「いつからかなあ。ルウが、
他所よそしくなったのって。」

今日も、ロミのサンドイッチは
マーシャ1人で食べる事に
なるのだろうか。

マーシャの大きな黒い瞳に
憂いをのせた睫毛が
かかるのを波鏡が映し出す。

「もう、このピアスをもらった
時みたいに戻れないかもね。」

それはまだ、
ガルゥヲン皇子が、
王子だった頃。


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