女神に頼まれましたけど
旅立ち
赤い絨毯の敷かれた、薄暗い廊下をドレスのスカートをつまんで足早に進むリザベーテ。
会場の騒めきが、彼女を追いかけるように聞こえてくるが、人影はない。
衛兵たちは、彼女が一人でいるのを不思議に思いながらも、声をかけるでもなく見送っている。
一気に外に出ると、まだ雨は振っていない。雷はひっきりなしにゴロゴロと鳴っていて、また落ちてもおかしくはないかもしれない。
「ライッ」
「ギャオウウウウウ」
ロータリーに飛び出し、空を見上げたリザベーテの大きな声に、突然、甲高いドラゴンの叫び声が反応した。
そして、ドカンッと地面に勢いよく着地したのは、リザベーテの髪の色と同じ、シルバーの鱗に覆われた巨大なドラゴン。もし、その場に馬車があったら、数台が潰されていただろう。
リザベーテが女神ミーネから渡され、卵の頃から育て上げたのは、このドラゴンだった。
ドラゴンは彼女を母親のように慕っていた。
生まれたては掌サイズだったのが、たった一年でここまで巨大になるとは、リザベーテも思いもしなかった。小さい頃は、王宮内で隠しながら育てられたものの、さすがにリザベーテの腰の高さまで育った頃には、外へ放してやるようになった。
何を食べてなのかはわからないが、結果、ここまで大きく育ってしまったようだ。
紅い瞳をシュッと目を細め、その瞳には労わりの色が伺える。
「さぁ、これで自由になったわ! やっと、この国から離れられる!」
「キュオォォッ」
嬉しそうな叫び声をあげたライと呼ばれたシルバードラゴンは、太い尻尾を嬉しそうに軽く左右に振っている。その勢いで、何本かの木々がなぎ倒されるが、そんなことを意に介すわけもない。
「さすがに王太子たちは追いかけて来ないと思うけど、さっさと逃げ出すに限るわね……まずは、魔の森の隠れ家に向かうわ」
学園に通い始めた頃から、リザベーテへの監視の目が緩くなり、彼女の行動を制限する者もいなくなる。王家の関心がマリアンヌ王女へと移ったからだ。
リザベーテの粘り勝ちだ。
その機会を逃すリザベーテではなかった。
少しずつ、少しずつ、逃亡の準備を重ねていく。
魔の森の隠れ家は、ライが見つけ出してくれたものだった。
荒れ果てた建物を、少しずつ、修復し、住めるように修繕していく。それが、苦しい王宮生活での癒しでもあった。
「……ライ、全速力で、お願いね?」
「キュオッ!」
任せろ、と言わんばかりに、ウィンクをしてみせるライに、かけよるリザベーテ。
ドレス姿のままの彼女を、ライの大きな手が優しく抱えると、バサリバサリと大きな羽を動かし、飛び立つ。
「リ、リザベーテ様っ!」
「お、お待ちくださいっ!」
下の方では、いつの間にか追いかけてきていた数人の貴族の子息たち。
そういえば、学園では何かと気にかけてくれていた者がいたけれど、リザベーテはまったく関心を向けていなかった。下手に知り合いになって、余計な揉め事に巻き込まれたくはなかったのだ。
彼らが彼女の名を呼んでいたようだったが、そんな声に気にも留めず、一人と一匹は魔の森の隠れ家へと向かって飛んでいく。
――女神から頼まれたから、ずっと我慢していたけれど。
「やっぱり、無理なものは無理なのよね」
ドンガラガッシャーン!
凄まじい稲光とともに、王宮に最後に残っていた尖塔が見事に崩壊した瞬間であった。
会場の騒めきが、彼女を追いかけるように聞こえてくるが、人影はない。
衛兵たちは、彼女が一人でいるのを不思議に思いながらも、声をかけるでもなく見送っている。
一気に外に出ると、まだ雨は振っていない。雷はひっきりなしにゴロゴロと鳴っていて、また落ちてもおかしくはないかもしれない。
「ライッ」
「ギャオウウウウウ」
ロータリーに飛び出し、空を見上げたリザベーテの大きな声に、突然、甲高いドラゴンの叫び声が反応した。
そして、ドカンッと地面に勢いよく着地したのは、リザベーテの髪の色と同じ、シルバーの鱗に覆われた巨大なドラゴン。もし、その場に馬車があったら、数台が潰されていただろう。
リザベーテが女神ミーネから渡され、卵の頃から育て上げたのは、このドラゴンだった。
ドラゴンは彼女を母親のように慕っていた。
生まれたては掌サイズだったのが、たった一年でここまで巨大になるとは、リザベーテも思いもしなかった。小さい頃は、王宮内で隠しながら育てられたものの、さすがにリザベーテの腰の高さまで育った頃には、外へ放してやるようになった。
何を食べてなのかはわからないが、結果、ここまで大きく育ってしまったようだ。
紅い瞳をシュッと目を細め、その瞳には労わりの色が伺える。
「さぁ、これで自由になったわ! やっと、この国から離れられる!」
「キュオォォッ」
嬉しそうな叫び声をあげたライと呼ばれたシルバードラゴンは、太い尻尾を嬉しそうに軽く左右に振っている。その勢いで、何本かの木々がなぎ倒されるが、そんなことを意に介すわけもない。
「さすがに王太子たちは追いかけて来ないと思うけど、さっさと逃げ出すに限るわね……まずは、魔の森の隠れ家に向かうわ」
学園に通い始めた頃から、リザベーテへの監視の目が緩くなり、彼女の行動を制限する者もいなくなる。王家の関心がマリアンヌ王女へと移ったからだ。
リザベーテの粘り勝ちだ。
その機会を逃すリザベーテではなかった。
少しずつ、少しずつ、逃亡の準備を重ねていく。
魔の森の隠れ家は、ライが見つけ出してくれたものだった。
荒れ果てた建物を、少しずつ、修復し、住めるように修繕していく。それが、苦しい王宮生活での癒しでもあった。
「……ライ、全速力で、お願いね?」
「キュオッ!」
任せろ、と言わんばかりに、ウィンクをしてみせるライに、かけよるリザベーテ。
ドレス姿のままの彼女を、ライの大きな手が優しく抱えると、バサリバサリと大きな羽を動かし、飛び立つ。
「リ、リザベーテ様っ!」
「お、お待ちくださいっ!」
下の方では、いつの間にか追いかけてきていた数人の貴族の子息たち。
そういえば、学園では何かと気にかけてくれていた者がいたけれど、リザベーテはまったく関心を向けていなかった。下手に知り合いになって、余計な揉め事に巻き込まれたくはなかったのだ。
彼らが彼女の名を呼んでいたようだったが、そんな声に気にも留めず、一人と一匹は魔の森の隠れ家へと向かって飛んでいく。
――女神から頼まれたから、ずっと我慢していたけれど。
「やっぱり、無理なものは無理なのよね」
ドンガラガッシャーン!
凄まじい稲光とともに、王宮に最後に残っていた尖塔が見事に崩壊した瞬間であった。