探偵日記
第19話『 追憶への失踪 』2、逃避と言う名の、失踪
「 お世話様~ 迎えに来てもらっちゃって、悪いわね 」
車の助手席に乗り込んで来た小島が、運転席の葉山に言った。
「 構わないよ。 丁度、道筋だからね 」
バックミラーで後方を確認しながら、車を発車させる葉山。
「 相手は、どんな人なの? 」
ポーチの中から手鏡を出し、束ねた髪の乱れを直しながら、小島は聞いた。
「 依頼者かい? わりと落ち着いた感じの、初老らしき男性だよ。 上野って名前だ 」
「 失踪? 」
「 うん。 保証人絡みの案件らしい。 決まれば、長期になりそうだよ 」
「 金銭絡みかぁ… 厄介ね 」
手鏡をポーチに入れながら、小島は続けた。
「 受件前から言うのも何だケド… 金銭絡みの行方調査は、まず見つからないから 」
金銭絡みの場合、対象者は、自分の足跡を消して失踪している。 逃げているのだから当然だろう。 自殺に見せ掛け、用意周到に計画して逃走する者もいるくらいだ。
葉山は言った。
「 詳しい話は、僕も聞いてないから何とも言えないけど… 今日の面談場所は、依頼者の会社なんだ 」
「 え? 会社? 」
小島も、意外だったようだ。
ハンドルを切りながら、葉山が答える。
「 依頼者の会社かどうかは、断定出来ないけどね。 話し方からして… どうも、そうみたいなんだ 」
「 個人経営の中小企業なら、有り得るわね。 あたしも、前に何回かあったわよ? 金物屋さんと、土木会社の社長さん… 設計事務所、ってのもあったっけ 」
思い出すように、小島は言った。
「 話し方じゃ、個人商店ってカンジは、しなかったな。 会社役員みたいな雰囲気だったよ 」
「 …ふ~ん… 」
何か、思案しているような答え方をする小島。 しばらく間をおいて、葉山の方を向きながら言った。
「 いたずらじゃ、なさそうね。 でも、会社を見て確認し、面談するかどうか決めた方がいいわよ? 」
面談前の、依頼者状況確認……
「 暴力団だと、思うかい? 」
赤信号で停止し、サイドブレーキを引くと、葉山は聞いた。
債権の取り立てで、債務者が逃走した時、探偵を雇う時がある。 今回も、それに準じた話しかもしれないのだ。
「 会って話を聞かない事には、判断出来ないわね。 まあ、会社の外観を見れば、大体は判るけど。 そうだと判断したら、潔く、やんわりと断ってね 」
…上野は、幼馴染の保証人に逃げられた、と言っていた…
逃げた相手を債務者に置き換えれば、小島の言った状況に、かなり近い事になる。
だが、葉山には、腑に落ちない事があった。
なぜ、『 幼馴染 』なのか……?
債務者を探し出すための、体裁を繕った作り話だとしたら、そこでわざわざ、幼馴染などと言う設定を用意する必要はないと思われる。 ただ単に友人だとか、知り合いだとか、ありがちな設定で良いのだ。
上野の話には、妙に現実感があった。 本当の話であり、依頼なのだ… と葉山は心の中で確信していた。
信号が青になり、車を発信させながら、葉山が答える。
「 分かってるよ。 一度、受けたら、連中はしつこいからね。 東町支社の… 遠山さんだっけ? 受件したあとで分かったんだってね 」
「 以前、受けた案件の依頼者が、暴力団の下部組織だったのよ。 度々、何回も仕事くれて、いいリピーターだったそうだけど… 段々、内容が露骨になって来たんだって。 で、調べたらソッチ系だった、ってコトらしいの。 断るの、大変だったらしいわよ? 」
「 あの人、見た目がヤクザだもんなあ… ベルサーチの白のスーツ着て、よく面談に行けるよ 」
葉山がボヤく。
小島が言った。
「 類は友を呼ぶ、ってヤツね。 でも、あれで結構、マジメな人よ? 几帳面だし 」
「 へえ~ 人は、見かけに寄らないものだね 」
やがて車は、聞かされていた会社の住所に近付いた。
路肩に車を止め、タブレット端末のナビで、住所を確かめる葉山。 前方の景色と、地図を照らし合わせる。
「 …あそこに、大きなビルが見えるよね? あれがプラザホールで、その向こうだ。 看板が見える。 セントラル商事って書いてある… かな? 」
小島も目を凝らして見るが、遠くて読めない。
「 あたし、見て来るね。 まさか、女が来るとは思ってないはずだし… 」
「 悪いな、頼むよ 」
小島は車を降り、歩道を歩いて行った。
周りは証券会社などが立ち並び、衣料関係の問屋なども多数あるビジネス街である。 ワイシャツにネクタイを締めたサラリーマンなどが、忙しそうに行き来している。
しばらくして、戻って来た小島が、葉山に言った。
「 どうやら、普通の商社らしいわ。 1階が駐車場になってる。 来客用もあったから、そこに止めても構わないんじゃないかしら 」
葉山は、小島を乗せると車を発信させ、その駐車場に駐車させた。
わりと大きな商社である。 駐車場には、屋号の入った営業車数台と、社用車らしき黒いセダンが2台、駐車してあった。
2階に通じているらしい階段が見える。 どうやら受け付けは、2階にあるらしい。 車を降りた2人は、階段に向かった。 階段入り口の壁に、ビル名の入ったプレートが掛けてある。 そのプレートを見た葉山が言った。
「 上野ビル…? え? じゃあ、このビルは、上野さんのモノか? 」
という事は、電話して来た上野という初老らしき男性は、オーナーという事になる。
小島が言った。
「 依頼人の上野さんって、この会社の社長さん、ってコト? 」
「 …う~ん… 状況的に、そうらしいね 」
断定は出来ないが、社長なら簡単に会社へ呼び付けても、おかしくはない。 商社なら、多数の人間が出入りする。 社長ともなれば商談で、1日に、何人もの人と会う事だろう。 まさか探偵を呼びつけた、などと推察する社員は、皆無に等しいと想われる。 ある意味、秘密裏に… しかも、スムーズに面談出来る『 最適な場所 』なのかもしれない。
小島は期待しながら、葉山に言った。
「 葉山さん、イケるわよ、この仕事…! 」
葉山は、プレートにある各階の案内を見ながら答えた。
「 簡単に受件出来るか、あっさりと断られるか… どちらかだね 」
階段を上がり、2階へ行く。
自動扉のガラス玄関を入ると、受付があった。 制服を着た受付嬢が、1人いる。
「 こんにちは。 葉山と申しますが、上野 義光さん、いらっしゃいますでしょうか? 11時に、お約束を頂いているのですが… 」
葉山が尋ねると、にこやかな笑顔を見せ、その受付嬢は答えた。
「 葉山様、ですね。 しばらくお待ち下さい 」
彼女は手元にあったインターホンを取り、内線をかけた。
「 …受付です。 社長に、葉山様という方が、お見えになってらっしゃいますが… はい。 かしこまりました 」
受話器を置くと、彼女は立ち上がり、再び、笑顔で葉山に言った。
「 右手のエレベーターをお使い頂き、5階までお願い致します。 エレベーターを降りられた正面が、社長室です 」
「 有難う。 お邪魔致します 」
葉山は、軽く会釈をするとエレベーターのボタンを押し、小島と共に乗り込んだ。
「 やっぱり、社長だったな 」
階を知らせるデジタル表示を見つめながら、葉山が言った。
「 法人としての、依頼なのかしら? 」
小島が尋ねる。
「 分からないな。 会社には関係の無い、全く、プライベートな依頼かもしれないし…… 」
エレベーターが5階に着き、扉が開かれた。 『 社長室 』と印刷されたプレートが付いている大きな木製の扉がある。
葉山はネクタイを締め直し、扉をノックした。
「 どうぞ 」
中からは、男性の声がした。
「 失礼致します。 葉山です 」
扉を開けて、室内に入る。
窓際にある大きな書斎デスクに座って書類を整理していた男性が立ち上がり、葉山に声を掛けた。
「 どうぞ、どうぞ、こちらへ 」
書斎デスクの前にあった応接セットのソファーに、男性は手で案内をした。
ソファーの横に立った葉山は、手にしていたカバンを置き、背広の内ポケットから名刺入れを出すと、『 代表 』と言う肩書が印刷された名刺を1枚出して挨拶をした。
「 お忙しいところ、お時間を頂きまして有難うございます。 葉山です。 こちらの女性は、いつも私と組んでおります、小島と申します 」
「 小島です。 オブザーバーとして、同席させて頂きます 」
「 これは、ご丁寧に… 上野と申します。 わざわざ、会社の方まで出向いて頂いてすみませんな 」
ソファーに腰を降ろす、3人。
上野は、50代後半くらいの年齢だろうか。 白髪が多くなった髪を短めにまとめ、鼻下にヒゲを生やした、紳士的な感じの男性だ。
「 失礼します 」
声と共に、書斎デスクの横にあった扉が開かれ、秘書と思われる女性社員が、盆に乗せた湯飲みを持って入って来た。 筆記具を出し、聞き取りの準備を始める葉山。
女性社員が扉を閉め、部屋から出た事を確認した葉山は切り出した。
「 早速ですが、詳しくお話を伺いたいと存じます 」
出されたお茶をひと口飲み、上野は言った。
「 うむ。 実は、本当の依頼人は、私の友人でね。 五木、と言うんだが…… 」
お茶を、もうひと口飲み、上野は続けた。
「 彼が、友人から保証人を頼まれてね… なったのはいいんだが、その友人がまあ… トンズラしたと、そういう訳なんだよ 」
「 上野さんの友人、ですか… 」
メモを取りながら、葉山が聞いた。
「 そうだ。 五木の友人は、飯島 義和というんだが… 私の旧友でもあるんだ。 つまり、私と五木・飯島は、幼馴染でね。 子供の頃は、よく一緒に遊んだもんだ 」
気心の知れた幼馴染… だからこそ、その五木という人物は、飯島氏の保証人になったのだろう。
その経緯は、葉山にも理解出来た。 だが、飯島氏は、その友情を踏みにじったのだ。 そして現在、逃走中……
「 これは、五木から預かっているものだが… 」
そう言いながら、上野は1枚の紙をテーブルに出した。 便せんらしき紙に、何やら走り書きがしてある。
『 もう、ダメです。 これ以上はムリです。 死ぬしかありません。
マンションは高く売って下さい。 あとの相談は、以下の人たちに 』
「 …これは…! 」
どうやら、置き手紙のようだ。
「 五木と2人で飯島のマンションに行ったら、これが置いてあったんだ 」
上野が、タバコに火を付けながら言った。
債務者を、逃げた相手に置き換えての創作話の線は消えた。 この相談は、本物の案件である。 しかも、何やら遺書めいたものまで出て来た……!
文面を読み直す、葉山。 小島も、のぞき込んだ。
『 以下の人たちに 』の後に、数人の名前が列挙してある。
『 飯島 宗治、飯島 和樹、佐伯 正人、岡島 幹吉 』
葉山は、上野に尋ねた。
「 …これらの人物は、どなたですか? 」
上野は、紙に書いてある人物を指差しながら答えた。
「 この飯島 宗治と言うのは、義和のオヤジだ。 私も、子供の頃、義和の家に遊びに行って、よく会った事がある。 え~と… 和樹は、義和のアニキだ。 実家が材木屋でね。 今は、そこを継いでいるはずだ。 あと、佐伯 正人は… 義和の仲人だと思うがね 」
メモを取る手を止め、葉山は怪訝そうに言った。
「 義和さんの奥さんとか、子供さんは? これによると、家族宛のメッセージが、どこにも出て来ませんね。 独身でいらっしゃったのですか? 」
上野が答える。
「 ああ。 3年前に離婚してね。 子供も、1人いたが… 確か、奥さんが引き取ってるよ。 大阪に住んでいるはずだ 」
「 大阪ですか… 義和さんは… お仕事は、何をされていたのですか? 」
「 創作家具の販売だ。 ここ4~5年、経営が思わしくなくなってね。 随分、あちこちから借金をしていたらしいんだ。 会社がおかしくなってからだな、あいつの性格が変わったのは 」
「 …と、おっしゃいますと? 」
上野は、タバコの火を、灰皿で消しながら答えた。
「 以前は、人の信頼を、平気で裏切るようなヤツではなかった。 確かに、大きな材木問屋の次男で、世間知らずの一面もあったが、礼節をわきまえておったよ 」
金が、飯島氏の性格をも変えてしまったのか……
『 世間知らず 』という一面は、金銭的に余裕がある場合、そういった表現も当てはまる事も多いかもしれないが、いざ困窮した場合、礼節もナニも、あったものではない。 ただ単に、自分勝手のわがまま放題。 今日さえ良ければ、明日の事は考えない…
「 そうですか…… 」
上野の話を聞き、職業柄、そういった人間を何人も見て来た葉山は、小さなため息をついた。
小島が尋ねる。
「 この、岡島 幹吉という方は? 」
「 ああ、義和の会社の会計士だよ 」
テーブルの上の湯飲みに手を伸ばしながら、上野は続けた。
「 五木も会社を経営していて、それなりの蓄えはある。 だが、急な高額支出には対応出来ん。 何しろ、保証人の負債は1億8000万だからね。 とりあえず、調査料金は、私が立て替えておくから、義和を探して欲しいんだ。 その文面からは、自殺をほのめかす内容もあるが、そんなバカな事をせず、自己破産させたいんだよ 」
「 それが賢明ですね。 しかし… 手掛かりが、全く無いな……! こういった金銭絡みの行方調査は、手間が掛かりますよ? 足跡を消して逃げてますからね 」
葉山が、腕組みをしながら言った。
実際、そうだ。
従って調査料金の見積りは、必然的に高くなる。
葉山は続けた。
「 確実に探し出せる、とは断言出来ません。 調査期間は、まず、4週間くらい頂けませんか? 」
「 構わんよ。 いくら掛かるかね? 」
…ここが、思案のしどころである。
商社の経営者から推察して、ある程度、高くても良さそうだ。
しかし、リーズナブルな設定にしておけば、後にリピートし、他の仕事をくれるかもしれない。 だが、足が出て、赤字になってしまったらアウトだ。
葉山は答えた。
「 そうですね… では、手付・半金として、130万でいかがですか? もし、見つからなかったら、それだけです。 見つかった場合、あとの半金と、成功報酬として50万プラスです 」
「 見つかったら、総額310万か…… その見積りが、高いか安いか… 私には判断出来んが、素人の率直な意見としては、やはり、高く思えるな 」
ソファーの背もたれに、背中を埋める上野。
しばらくの沈黙……
素人から見れば、半金130万は、やはり高く思える事だろう。
しかし、調査をする側から見れば、ハッキリ言って安い。 その報酬の半分以上は、人件費・データ調査費などの必要経費で消えるからだ……
右手を顎下にやり、人差し指で鼻下のヒゲを触りながら、上野は言った。
「 ちなみに、君の事務所に電話する前、もう1軒、見積りを出したんだが、そこは、120万だといっていたよ。 成功報酬の話は、なかったがね 」
葉山は答えた。
「 どこの探偵社に依頼するかは、依頼者が決める事です。 私は、私のやり方で、鋭意努力しますが、いい加減な『 自称探偵 』っていうのが暗躍してますから、お気を付け下さい。 中には、金だけ取って、全く調査をせず、4~5枚の報告書を提出して『 見つかりませんでした 』って言う連中もいますから 」
…じっと、葉山の説明を聞いている上野。
葉山は続けた。
「 行方調査で、成功報酬制を取らないのは、何か怪しいですがね? そうは、思いませんか? 見つかったら報酬がアップされる、と思うからこそ必死に探すもんですよ? 逆に、成功報酬をもらえなかったら、赤字だという自覚を持たなきゃ 」
上野は、頷きながら言った。
「 なるほど。 君の言い分は、もっともだ。 半金ではなく「 総額120万でいい 」と言ったウラには、それで利益が出るという算段があるはずだからな。 考えてみれば、ある意味、不透明な見積りかもしれん 」
湯飲みの茶を、ひと口飲む中野。
葉山は、付け足した。
「 我々、調査業の世界では、行方調査で300万を切るという金額は、安い方です。 個人情報保護法の施行で、プライバシー情報は、入手し難くなりましたからね。 ハッキリ申し上げますと、300万のほとんどは、経費・人件費で消えます。 成功報酬の内の何割かが、私共の『 実質利益 』となります。 …先程の話しのような、いい加減な業者は、情報の入手先をあまり持っていません。 だからこそ、調査したと言いつつ、何もしないんです。 安目の見積りを出して、金だけ取るんです。 調査など、最初からする気はないんですよ 」
再び、小さく頷く上野。
葉山の、今日の営業説明は、中々にうまくいっていた。
何を説明しようにも、とにかく調査料金を値切る事しか考えていない依頼者が多い中、この上野には、やはり経済的余裕があるのだろう。 葉山の説明を、冷静に分析しながら受け止めている。 ストレスも無く、細やかな説明が出来て、葉山自身、満足であった……
葉山は言った。
「 見積りではなく、『 私自信 』を信じて下さい。 誰に頼むか… 大切なのは、そこです。 値段ではありません 」
「 分かった。 …しかし、この件に関しては、私の一存では決済出来ない。 本来の依頼者である五木にも相談し、後日、結果を連絡しよう。 それでいいかね? 」
「 結構です 」
ソファーの背もたれから、起き上がる上野。 持っていた湯飲みを、テーブルの上に置きながら言った。
「 その時は、正式に契約だ。 二度手間になるが、もう一度、どこかで時間を作ってもらって、来て頂く事になるかな。 五木にも、同席してもらおう。 彼は、今日、保証人の件で裁判所に行っている。 代弁裁に入ったとの通告があってね。 仕事どころじゃないそうだ 」
「 五木さんは、どんなお仕事をされておられるんですか? 」
小島が聞いた。
「 名前と同じ居酒屋のオーナーだよ 」
上野の答えに、小島は、少し驚いて聞き直した。
「 …え? 五木屋って… あの? 」
全国に2000店舗を構える、業界屈指のチェーン店だ。
上野は、笑って答えた。
「 ははは…! ボンボンだからな、あいつも。 だから返事ひとつで、保証人なんぞになるんだ 」
車の助手席に乗り込んで来た小島が、運転席の葉山に言った。
「 構わないよ。 丁度、道筋だからね 」
バックミラーで後方を確認しながら、車を発車させる葉山。
「 相手は、どんな人なの? 」
ポーチの中から手鏡を出し、束ねた髪の乱れを直しながら、小島は聞いた。
「 依頼者かい? わりと落ち着いた感じの、初老らしき男性だよ。 上野って名前だ 」
「 失踪? 」
「 うん。 保証人絡みの案件らしい。 決まれば、長期になりそうだよ 」
「 金銭絡みかぁ… 厄介ね 」
手鏡をポーチに入れながら、小島は続けた。
「 受件前から言うのも何だケド… 金銭絡みの行方調査は、まず見つからないから 」
金銭絡みの場合、対象者は、自分の足跡を消して失踪している。 逃げているのだから当然だろう。 自殺に見せ掛け、用意周到に計画して逃走する者もいるくらいだ。
葉山は言った。
「 詳しい話は、僕も聞いてないから何とも言えないけど… 今日の面談場所は、依頼者の会社なんだ 」
「 え? 会社? 」
小島も、意外だったようだ。
ハンドルを切りながら、葉山が答える。
「 依頼者の会社かどうかは、断定出来ないけどね。 話し方からして… どうも、そうみたいなんだ 」
「 個人経営の中小企業なら、有り得るわね。 あたしも、前に何回かあったわよ? 金物屋さんと、土木会社の社長さん… 設計事務所、ってのもあったっけ 」
思い出すように、小島は言った。
「 話し方じゃ、個人商店ってカンジは、しなかったな。 会社役員みたいな雰囲気だったよ 」
「 …ふ~ん… 」
何か、思案しているような答え方をする小島。 しばらく間をおいて、葉山の方を向きながら言った。
「 いたずらじゃ、なさそうね。 でも、会社を見て確認し、面談するかどうか決めた方がいいわよ? 」
面談前の、依頼者状況確認……
「 暴力団だと、思うかい? 」
赤信号で停止し、サイドブレーキを引くと、葉山は聞いた。
債権の取り立てで、債務者が逃走した時、探偵を雇う時がある。 今回も、それに準じた話しかもしれないのだ。
「 会って話を聞かない事には、判断出来ないわね。 まあ、会社の外観を見れば、大体は判るけど。 そうだと判断したら、潔く、やんわりと断ってね 」
…上野は、幼馴染の保証人に逃げられた、と言っていた…
逃げた相手を債務者に置き換えれば、小島の言った状況に、かなり近い事になる。
だが、葉山には、腑に落ちない事があった。
なぜ、『 幼馴染 』なのか……?
債務者を探し出すための、体裁を繕った作り話だとしたら、そこでわざわざ、幼馴染などと言う設定を用意する必要はないと思われる。 ただ単に友人だとか、知り合いだとか、ありがちな設定で良いのだ。
上野の話には、妙に現実感があった。 本当の話であり、依頼なのだ… と葉山は心の中で確信していた。
信号が青になり、車を発信させながら、葉山が答える。
「 分かってるよ。 一度、受けたら、連中はしつこいからね。 東町支社の… 遠山さんだっけ? 受件したあとで分かったんだってね 」
「 以前、受けた案件の依頼者が、暴力団の下部組織だったのよ。 度々、何回も仕事くれて、いいリピーターだったそうだけど… 段々、内容が露骨になって来たんだって。 で、調べたらソッチ系だった、ってコトらしいの。 断るの、大変だったらしいわよ? 」
「 あの人、見た目がヤクザだもんなあ… ベルサーチの白のスーツ着て、よく面談に行けるよ 」
葉山がボヤく。
小島が言った。
「 類は友を呼ぶ、ってヤツね。 でも、あれで結構、マジメな人よ? 几帳面だし 」
「 へえ~ 人は、見かけに寄らないものだね 」
やがて車は、聞かされていた会社の住所に近付いた。
路肩に車を止め、タブレット端末のナビで、住所を確かめる葉山。 前方の景色と、地図を照らし合わせる。
「 …あそこに、大きなビルが見えるよね? あれがプラザホールで、その向こうだ。 看板が見える。 セントラル商事って書いてある… かな? 」
小島も目を凝らして見るが、遠くて読めない。
「 あたし、見て来るね。 まさか、女が来るとは思ってないはずだし… 」
「 悪いな、頼むよ 」
小島は車を降り、歩道を歩いて行った。
周りは証券会社などが立ち並び、衣料関係の問屋なども多数あるビジネス街である。 ワイシャツにネクタイを締めたサラリーマンなどが、忙しそうに行き来している。
しばらくして、戻って来た小島が、葉山に言った。
「 どうやら、普通の商社らしいわ。 1階が駐車場になってる。 来客用もあったから、そこに止めても構わないんじゃないかしら 」
葉山は、小島を乗せると車を発信させ、その駐車場に駐車させた。
わりと大きな商社である。 駐車場には、屋号の入った営業車数台と、社用車らしき黒いセダンが2台、駐車してあった。
2階に通じているらしい階段が見える。 どうやら受け付けは、2階にあるらしい。 車を降りた2人は、階段に向かった。 階段入り口の壁に、ビル名の入ったプレートが掛けてある。 そのプレートを見た葉山が言った。
「 上野ビル…? え? じゃあ、このビルは、上野さんのモノか? 」
という事は、電話して来た上野という初老らしき男性は、オーナーという事になる。
小島が言った。
「 依頼人の上野さんって、この会社の社長さん、ってコト? 」
「 …う~ん… 状況的に、そうらしいね 」
断定は出来ないが、社長なら簡単に会社へ呼び付けても、おかしくはない。 商社なら、多数の人間が出入りする。 社長ともなれば商談で、1日に、何人もの人と会う事だろう。 まさか探偵を呼びつけた、などと推察する社員は、皆無に等しいと想われる。 ある意味、秘密裏に… しかも、スムーズに面談出来る『 最適な場所 』なのかもしれない。
小島は期待しながら、葉山に言った。
「 葉山さん、イケるわよ、この仕事…! 」
葉山は、プレートにある各階の案内を見ながら答えた。
「 簡単に受件出来るか、あっさりと断られるか… どちらかだね 」
階段を上がり、2階へ行く。
自動扉のガラス玄関を入ると、受付があった。 制服を着た受付嬢が、1人いる。
「 こんにちは。 葉山と申しますが、上野 義光さん、いらっしゃいますでしょうか? 11時に、お約束を頂いているのですが… 」
葉山が尋ねると、にこやかな笑顔を見せ、その受付嬢は答えた。
「 葉山様、ですね。 しばらくお待ち下さい 」
彼女は手元にあったインターホンを取り、内線をかけた。
「 …受付です。 社長に、葉山様という方が、お見えになってらっしゃいますが… はい。 かしこまりました 」
受話器を置くと、彼女は立ち上がり、再び、笑顔で葉山に言った。
「 右手のエレベーターをお使い頂き、5階までお願い致します。 エレベーターを降りられた正面が、社長室です 」
「 有難う。 お邪魔致します 」
葉山は、軽く会釈をするとエレベーターのボタンを押し、小島と共に乗り込んだ。
「 やっぱり、社長だったな 」
階を知らせるデジタル表示を見つめながら、葉山が言った。
「 法人としての、依頼なのかしら? 」
小島が尋ねる。
「 分からないな。 会社には関係の無い、全く、プライベートな依頼かもしれないし…… 」
エレベーターが5階に着き、扉が開かれた。 『 社長室 』と印刷されたプレートが付いている大きな木製の扉がある。
葉山はネクタイを締め直し、扉をノックした。
「 どうぞ 」
中からは、男性の声がした。
「 失礼致します。 葉山です 」
扉を開けて、室内に入る。
窓際にある大きな書斎デスクに座って書類を整理していた男性が立ち上がり、葉山に声を掛けた。
「 どうぞ、どうぞ、こちらへ 」
書斎デスクの前にあった応接セットのソファーに、男性は手で案内をした。
ソファーの横に立った葉山は、手にしていたカバンを置き、背広の内ポケットから名刺入れを出すと、『 代表 』と言う肩書が印刷された名刺を1枚出して挨拶をした。
「 お忙しいところ、お時間を頂きまして有難うございます。 葉山です。 こちらの女性は、いつも私と組んでおります、小島と申します 」
「 小島です。 オブザーバーとして、同席させて頂きます 」
「 これは、ご丁寧に… 上野と申します。 わざわざ、会社の方まで出向いて頂いてすみませんな 」
ソファーに腰を降ろす、3人。
上野は、50代後半くらいの年齢だろうか。 白髪が多くなった髪を短めにまとめ、鼻下にヒゲを生やした、紳士的な感じの男性だ。
「 失礼します 」
声と共に、書斎デスクの横にあった扉が開かれ、秘書と思われる女性社員が、盆に乗せた湯飲みを持って入って来た。 筆記具を出し、聞き取りの準備を始める葉山。
女性社員が扉を閉め、部屋から出た事を確認した葉山は切り出した。
「 早速ですが、詳しくお話を伺いたいと存じます 」
出されたお茶をひと口飲み、上野は言った。
「 うむ。 実は、本当の依頼人は、私の友人でね。 五木、と言うんだが…… 」
お茶を、もうひと口飲み、上野は続けた。
「 彼が、友人から保証人を頼まれてね… なったのはいいんだが、その友人がまあ… トンズラしたと、そういう訳なんだよ 」
「 上野さんの友人、ですか… 」
メモを取りながら、葉山が聞いた。
「 そうだ。 五木の友人は、飯島 義和というんだが… 私の旧友でもあるんだ。 つまり、私と五木・飯島は、幼馴染でね。 子供の頃は、よく一緒に遊んだもんだ 」
気心の知れた幼馴染… だからこそ、その五木という人物は、飯島氏の保証人になったのだろう。
その経緯は、葉山にも理解出来た。 だが、飯島氏は、その友情を踏みにじったのだ。 そして現在、逃走中……
「 これは、五木から預かっているものだが… 」
そう言いながら、上野は1枚の紙をテーブルに出した。 便せんらしき紙に、何やら走り書きがしてある。
『 もう、ダメです。 これ以上はムリです。 死ぬしかありません。
マンションは高く売って下さい。 あとの相談は、以下の人たちに 』
「 …これは…! 」
どうやら、置き手紙のようだ。
「 五木と2人で飯島のマンションに行ったら、これが置いてあったんだ 」
上野が、タバコに火を付けながら言った。
債務者を、逃げた相手に置き換えての創作話の線は消えた。 この相談は、本物の案件である。 しかも、何やら遺書めいたものまで出て来た……!
文面を読み直す、葉山。 小島も、のぞき込んだ。
『 以下の人たちに 』の後に、数人の名前が列挙してある。
『 飯島 宗治、飯島 和樹、佐伯 正人、岡島 幹吉 』
葉山は、上野に尋ねた。
「 …これらの人物は、どなたですか? 」
上野は、紙に書いてある人物を指差しながら答えた。
「 この飯島 宗治と言うのは、義和のオヤジだ。 私も、子供の頃、義和の家に遊びに行って、よく会った事がある。 え~と… 和樹は、義和のアニキだ。 実家が材木屋でね。 今は、そこを継いでいるはずだ。 あと、佐伯 正人は… 義和の仲人だと思うがね 」
メモを取る手を止め、葉山は怪訝そうに言った。
「 義和さんの奥さんとか、子供さんは? これによると、家族宛のメッセージが、どこにも出て来ませんね。 独身でいらっしゃったのですか? 」
上野が答える。
「 ああ。 3年前に離婚してね。 子供も、1人いたが… 確か、奥さんが引き取ってるよ。 大阪に住んでいるはずだ 」
「 大阪ですか… 義和さんは… お仕事は、何をされていたのですか? 」
「 創作家具の販売だ。 ここ4~5年、経営が思わしくなくなってね。 随分、あちこちから借金をしていたらしいんだ。 会社がおかしくなってからだな、あいつの性格が変わったのは 」
「 …と、おっしゃいますと? 」
上野は、タバコの火を、灰皿で消しながら答えた。
「 以前は、人の信頼を、平気で裏切るようなヤツではなかった。 確かに、大きな材木問屋の次男で、世間知らずの一面もあったが、礼節をわきまえておったよ 」
金が、飯島氏の性格をも変えてしまったのか……
『 世間知らず 』という一面は、金銭的に余裕がある場合、そういった表現も当てはまる事も多いかもしれないが、いざ困窮した場合、礼節もナニも、あったものではない。 ただ単に、自分勝手のわがまま放題。 今日さえ良ければ、明日の事は考えない…
「 そうですか…… 」
上野の話を聞き、職業柄、そういった人間を何人も見て来た葉山は、小さなため息をついた。
小島が尋ねる。
「 この、岡島 幹吉という方は? 」
「 ああ、義和の会社の会計士だよ 」
テーブルの上の湯飲みに手を伸ばしながら、上野は続けた。
「 五木も会社を経営していて、それなりの蓄えはある。 だが、急な高額支出には対応出来ん。 何しろ、保証人の負債は1億8000万だからね。 とりあえず、調査料金は、私が立て替えておくから、義和を探して欲しいんだ。 その文面からは、自殺をほのめかす内容もあるが、そんなバカな事をせず、自己破産させたいんだよ 」
「 それが賢明ですね。 しかし… 手掛かりが、全く無いな……! こういった金銭絡みの行方調査は、手間が掛かりますよ? 足跡を消して逃げてますからね 」
葉山が、腕組みをしながら言った。
実際、そうだ。
従って調査料金の見積りは、必然的に高くなる。
葉山は続けた。
「 確実に探し出せる、とは断言出来ません。 調査期間は、まず、4週間くらい頂けませんか? 」
「 構わんよ。 いくら掛かるかね? 」
…ここが、思案のしどころである。
商社の経営者から推察して、ある程度、高くても良さそうだ。
しかし、リーズナブルな設定にしておけば、後にリピートし、他の仕事をくれるかもしれない。 だが、足が出て、赤字になってしまったらアウトだ。
葉山は答えた。
「 そうですね… では、手付・半金として、130万でいかがですか? もし、見つからなかったら、それだけです。 見つかった場合、あとの半金と、成功報酬として50万プラスです 」
「 見つかったら、総額310万か…… その見積りが、高いか安いか… 私には判断出来んが、素人の率直な意見としては、やはり、高く思えるな 」
ソファーの背もたれに、背中を埋める上野。
しばらくの沈黙……
素人から見れば、半金130万は、やはり高く思える事だろう。
しかし、調査をする側から見れば、ハッキリ言って安い。 その報酬の半分以上は、人件費・データ調査費などの必要経費で消えるからだ……
右手を顎下にやり、人差し指で鼻下のヒゲを触りながら、上野は言った。
「 ちなみに、君の事務所に電話する前、もう1軒、見積りを出したんだが、そこは、120万だといっていたよ。 成功報酬の話は、なかったがね 」
葉山は答えた。
「 どこの探偵社に依頼するかは、依頼者が決める事です。 私は、私のやり方で、鋭意努力しますが、いい加減な『 自称探偵 』っていうのが暗躍してますから、お気を付け下さい。 中には、金だけ取って、全く調査をせず、4~5枚の報告書を提出して『 見つかりませんでした 』って言う連中もいますから 」
…じっと、葉山の説明を聞いている上野。
葉山は続けた。
「 行方調査で、成功報酬制を取らないのは、何か怪しいですがね? そうは、思いませんか? 見つかったら報酬がアップされる、と思うからこそ必死に探すもんですよ? 逆に、成功報酬をもらえなかったら、赤字だという自覚を持たなきゃ 」
上野は、頷きながら言った。
「 なるほど。 君の言い分は、もっともだ。 半金ではなく「 総額120万でいい 」と言ったウラには、それで利益が出るという算段があるはずだからな。 考えてみれば、ある意味、不透明な見積りかもしれん 」
湯飲みの茶を、ひと口飲む中野。
葉山は、付け足した。
「 我々、調査業の世界では、行方調査で300万を切るという金額は、安い方です。 個人情報保護法の施行で、プライバシー情報は、入手し難くなりましたからね。 ハッキリ申し上げますと、300万のほとんどは、経費・人件費で消えます。 成功報酬の内の何割かが、私共の『 実質利益 』となります。 …先程の話しのような、いい加減な業者は、情報の入手先をあまり持っていません。 だからこそ、調査したと言いつつ、何もしないんです。 安目の見積りを出して、金だけ取るんです。 調査など、最初からする気はないんですよ 」
再び、小さく頷く上野。
葉山の、今日の営業説明は、中々にうまくいっていた。
何を説明しようにも、とにかく調査料金を値切る事しか考えていない依頼者が多い中、この上野には、やはり経済的余裕があるのだろう。 葉山の説明を、冷静に分析しながら受け止めている。 ストレスも無く、細やかな説明が出来て、葉山自身、満足であった……
葉山は言った。
「 見積りではなく、『 私自信 』を信じて下さい。 誰に頼むか… 大切なのは、そこです。 値段ではありません 」
「 分かった。 …しかし、この件に関しては、私の一存では決済出来ない。 本来の依頼者である五木にも相談し、後日、結果を連絡しよう。 それでいいかね? 」
「 結構です 」
ソファーの背もたれから、起き上がる上野。 持っていた湯飲みを、テーブルの上に置きながら言った。
「 その時は、正式に契約だ。 二度手間になるが、もう一度、どこかで時間を作ってもらって、来て頂く事になるかな。 五木にも、同席してもらおう。 彼は、今日、保証人の件で裁判所に行っている。 代弁裁に入ったとの通告があってね。 仕事どころじゃないそうだ 」
「 五木さんは、どんなお仕事をされておられるんですか? 」
小島が聞いた。
「 名前と同じ居酒屋のオーナーだよ 」
上野の答えに、小島は、少し驚いて聞き直した。
「 …え? 五木屋って… あの? 」
全国に2000店舗を構える、業界屈指のチェーン店だ。
上野は、笑って答えた。
「 ははは…! ボンボンだからな、あいつも。 だから返事ひとつで、保証人なんぞになるんだ 」