探偵日記

第29話『 追憶への失踪 』12、遂に…!

 数回の呼び出し音のあと、やはり、年配の女性が電話口に出た。
『 はい、もしもし…? 』
「 あ、海洋研究会代表者、立松さんのお宅ですか? 」
『 あ、はい。 代表の立松でございます 』
「 初めまして。 私、市役所の方からご紹介頂き、お電話させてもらいました。 久保と申します 」
『 市役所から…? はい、何でしょうか 』
「 そちらのサークルに、飯島 宗治さんという方が在籍されておられると、お聞きしまして… 」
『 はあ… 飯島先生。 確かに、おられますが… 飯島先生に、何か御用でしょうか? 』
 年配の女性は、少々、いぶかしげに尋ねた。
「 あ、私… 名古屋大学の理学部地学科で、海洋生物学を講義している者ですが、学校の研究室で、飯島 宗治先生がお書きになった文献を拝見しましてね。 故郷の西ノ池の事が、色々と書かれておりまして… 非常に懐かしく拝見させて頂いた次第です 」
『 先生の文献…? ああ、かなり前の論文の事ですね? はい、はい…! 西ノ池のご出身でいらっしゃるんですか? 久保先生は 』
「 ええ。 もう、5・6年は、帰ってませんけどね… 双浦です 」
『 まあ。 じゃあ、飯島先生がいらっしゃった中町とは、目と鼻の先ですねえ 』
「 そうなんですよ。 文献の巻末の住所見て、びっくりしましてね 」
『 それは、それは 』
「 是非、飯島先生にお会いして、私の故郷の、潮流生物などのお話しをお聞かせ頂けたら… と、思いましてね 」
『 それで、わざわざ市役所にお聞き頂いたのですか? まあ、それは、お手数お掛け致しました。 久保先生は、潮流生物をご研究されているのですか? 』
「 いえ、主には深海生物です。 岩盤プレートの歪みに関連する大地震と、深海生物との因果関係などを、三重中央大学と共同研究しております。 立松先生は、何を…? 」
 会話内容から、この立松という女性も大学の研究機関出身、というイメージを受けた葉山は、話を振ってみた。
『 私は、海洋地質です。 今の久保先生のお話し… 大変、興味深いものがありますわ。 深海生物との関係連鎖に着眼された所など、面白そうですね 』
「 有難うございます。 三重中大には、友人がおりましてね。 共同研究です 」
『 いいですね。 私も、学生時代を思い出しますよ 』
「 是非、立松先生にも、お話しをうかがいたいですねえ…! 飯島先生は… 今、どちらに……? 」
 彼女は、しばらく思案すると答えた。
『 飯島先生は… 結構、人見知りされる方でしてねえ…… あまり、人に会いたがらないんですよ 』
「 そうなんですか 」
『 まあ、久保先生は、こちらの出身という事もありますし… 何とか、電話番号でもお教えしたい所なんですが… この番号は、会員以外の人に絶対教えるな、言われとるきにねえ…… 』
 間違いない。 会に登録されている住所は本物だ…! 口外するなという条件が、それを証明している。

 …彼女は、基本的には、葉山に宗治氏の連絡先を教えても構わないと思っているように推察出来る。 考える余裕を与えると、情報開示の思考に『 待った 』が掛かるだろう。 聞き出すチャンスは、今しか無い…!

 彼女の心理を読んだ葉山は、トリック会話を仕掛けた。
「 分かりました。 では、電話ではなく、お手紙に致しましょう。 ご挨拶と、文献の拝見感想なども含め、一筆、したためますので、ご住所、お願いします 」
 手紙なら、本人と話す事は無い。 人見知りする者でも、問題はないだろう… 相手が推察するであろう、こういった心理。
 実は、トリックの要点はここにある。

 今、提議されているのは情報公開の許可か、不可か、だ。 本人の心情を考察する事ではない。
 だが会話の間合いを利用し、新たなる提案として提示すると、人は案外、このトリックにはまり込む。 しかも、『 お願い出来ますか? 』ではななく、『 お願いします 』である。 心理的に、教えても良いのか? という自答を、起こさせ難くする

  一瞬にして、本末を『 惑わす 』事が出来るトリック会話…… 結果は、絶妙な会話の間合いに左右されるが、はたして、彼女は答えた。

『 お手数、お掛け致します。 そうして頂けますか? 』

「 構いませんよ。 その方が、失礼が無いと思いますし… どうぞ 」
『 ええっと… 由岐町 志和岐 字 堂島 1408の7、 B305 です 』
「 有難うございます。 明日にでも早速、お手紙を出してみます 」
『 お手数を掛けますが、そうして下さい 』
「 いえいえ、突然で失礼致しました。 また、ご連絡する事があるかもしれませんが、宜しくお願い致します 」
『 こちらこそ。 ご苦労様でした 』
 受話器を置く、葉山。
「 やったあ~、葉山さんっ! 判明したじゃないっ! 」
 小島に、親指を立てて見せる、葉山。
「 やっぱり、同郷出身者が効いたね…! 」

 遂に、対象者である飯島 宗治氏の現住所が判明した。 やはり、昔の研究舞台であった四国 徳島の南、由岐にいた。

 住所が判明すれば、電話番号など、すぐに判る。
 快く連絡先を教えてくれた人たちの親切心を利用した形になり、ある種の後ろめたさは感じるが、調査の世界で、そんな心情に浸っていては、何も出来はしない。 ここは非情を通して、前へ進まなくてはならないのだ。

 葉山は、住所判明における喜びの余韻に浸る間もなく、次の行動を思案した。
 通常の行方調査では、この後、居住確認をしなくてはならない。 本当に、その住所に対象者が住んでいると確信出来る状況を、実際に現地に赴き、確認するのだ。 この情報は、当然、報告書にも記載される。 住んでいる家屋や玄関表札の写真、住民票・免許証・保健証・郵便物などの写しなどが、それにあたり、本人の姿写真や映像があれば、より完璧だ。 依頼人にとって、最も重要視される情報である。

 本棚から、全国地図を出して来た葉山。 エリアページで四国を引き、ページ番号の地図を開く。( 当時は、まだ携帯端末での地図検索が容易ではなかった ) 判明した住所を確認し始めた葉山に、小島が言った。
「 居住確認、四国よ? どうする? 」
「 五木さんに、決断してもらわなくちゃ。 交通費だけならともかく、宿泊費まで必要な距離だからな。 別途請求になるし… 」
 小島も、葉山が見ている地図をのぞき込み、住所を確認する。
「 堂島… 堂島…… あった! 国道から、少し離れてるわね 」
「 交通手段は、車だな。 行くなら、多分、それが一番安く上がると思う 」
「 山陽から行く? 連絡橋も、幾つかあるわよ 」
「 和歌山から、フェリーで渡ろう。 徳島から、55号線を南に下って… 飛ばせば、その日の午前中に、由岐に入れるはずだ 」
「 随分、詳しいのね? 」
「 学生時代に、友人と車で行ったんだ。 当時は、そんな横断道なんてものは無かったから、蒲生田岬から室戸岬・高知・足摺岬… 海岸線を、ひた走ったなあ。 ついでに、スピード違反で捕まったし… 」
「 若気の至りね。 四国かぁ… あたし、道後温泉、一度、行ってみたかったのよねえ… 」
「 観光するの? 居住確認が、早く終了すればいいケド… 大抵、どツボにハマって、手間が掛かるもんだよ? 」
「 え? あたしも行っていいの? 」
「 五木さんに了承を得られたら、の話しだけどね… 居住確認ってのは、向こうで何があるか分からないからさ。 女性の方が、有利である場合のシチュエーションもあるかと思うし… 出来れば、同行してもらおうかと思ってるんだけど? 」
「 やったぁ~っ! 」
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