探偵日記
第30話『 追憶への失踪 』13、辿り着いた海
「 あ、そこに、ガソリンスタンドがあるわ! 」
小島の言葉に、葉山は、車をスタンドに乗り入れた。 ツナギを着た店員が、駆け寄って来る。
「 いらっしゃいませ~ 」
「 現金、いいかな? 」
「 はい、どうぞ 」
「 じゃ、ハイオク満タン 」
「 有難うございます。 はいぃ~、ハイオク、満タン入りまあぁ~す! 」
運転席のドアを開け、車外に出る葉山。 大きく伸びをし、腰を叩く。
「 痛てて… 腰が痛いな~ 」
小島も車外に出ると、伸びをした。
「 11時半かあ… 大体、予定通りね 」
「 55号、結構、快適に走れたね。 以前、来た時は、もっと混雑していた記憶があったけどな 」
スタンドの休憩室にあった自販機で緑茶を買った小島が、1つを葉山に渡しながら答えた。
「 もう、阿南市を過ぎたものね。 何か、信じられないわ。 今、四国の東にいるなんて 」
…対象者である宗治氏が四国にいる、という報告を受けた五木は、かなり驚いていた。
「 確率的には、かなりの精度です。 居住確認をしに行った方が良いと思うのですが… どうされますか? 」
葉山の問いに、五木はしばらく考え、受話器の向こうで答えた。
『 御苦労掛けますが、行って頂けますか? 予算的には、厳しいものがありますので、その… なるべく節減して…… 』
「 お任せ下さい。 最低限の経費で遂行する、超節約プランを立てております 」
『 …やはり車、ですか? 』
「 ですね。 それしかありません。 往復… 1600キロくらいですかね 」
『 申しわけない。 お願い致します 』
予定は1泊。
予算は、高速代金・フェリー乗船代・燃料代等の交通費と宿泊費を含め、8万。
宿は、簡易宿泊所になりそうだ。
市の場合、JR等の駅付近には観光案内所が設置されており、そこで紹介してくれる宿の中に、格安の素泊まり宿がある。
夜遅くのビジターでも対応してくれて助かるが、海が近い市だと、昔で言う『 船員宿 』もあり、格安の宿泊費に正比例した『 施設 』に、初めて宿泊する者はカルチャーショックを受ける事であろう。 日雇い労働者が寝泊りする飯場か、兵舎のようなところである。
「 お客さん、随分と、遠くからだねえ…! 仕事? 」
ガソリンを入れながら、車のナンバーを見て、店員が言った。
「 そう。 由岐に行きたいんだけど、道は、どう行ったら一番いい? 」
「 由岐? そうだねえ… このまま55号でいいよ。 星越トンネルの方へは行かずに、由岐峠の方へ左折したら、すぐだね 」
「 あと、どれくいかな? 」
「 まあ、小1時間で行けるかな? 」
「 そうか。 有難う 」
代金を渡すと、葉山は車を出した。
南国の国、四国……
幾分、日差しが強く感じられるのは、気のせいだろうか。
市内、あちこちで見掛けるパーム椰子が、南国の雰囲気をかもし出している。
小島が、地図を確認しながら言った。
「 葉山さん、ナビがあるのに、どうして使わないの? 」
ハンドルを切りながら、葉山は答えた。
「 時間的に余裕がある時は、あまり使いたくないんだ。 方向感覚が鈍るし、地理に疎くなる。 ナビに頼りっきりになりそうで、イヤなんだよ 」
「 何となく、分かるわ。 葉山さんらしいわね 」
「 まあ、アナログ人間なんだろうね。 認めたくはないけど 」
判明した住所を頼りに、車を走らせる。
海岸線は遠ざかり、山村の景色が、窓の外に映って来た。
段々畑に、カヤぶきの民家… 時折り、トラクターを載せた軽トラックがすれ違う。
「 …おかしいな? 海の見える所に、住んでいるはずなんだけど…… 」
「 バスが通ってるみたいよ? ほら、バス停があるわ。 あれに乗って、下町の公衆電話まで出掛けているのかもしれないわよ? 」
「 それにしても、田舎過ぎるんじゃないか? こんな所に、コーポどころか、アパートすら無さそうだぞ? 」
「 …う~ん、それもそうね…… 」
道は、徐々に細くなっていく。
人家はあるのだが、どう見ても郷中の雰囲気だ。
一昔前だったら、間違いなく『 村 』である。
段々と、不安になる2人。
住所には、『 B 305 』とある。 番地・番号に続く、明らかにマンションか、コーポ・アパートの部屋番号だ。 だが、周りに広がる風景は完璧な『 田舎 』である。 とても集合住宅などがありそうな雰囲気ではない……
もうしばらく行くと、道路脇に消防団の倉庫らしき建物があり、その横に交番があるのが見えた。
「 …こりゃ、確認した方が、良さそうだな 」
葉山は、交番の前に車を止めた。 建物の中には、人の気配がない。
「 こんにちは~…? 」
葉山は、両開きのガラス戸をそっと開け、小声で挨拶をしながら中をうかがった。 きれいに掃除はされているが、やはり人の気配はない。
「 誰かいる? 」
小島も、車から降りて来て言った。
「 誰もいないね… 」
葉山は、机の上に置かれた電話の横に貼ってある案内を見た。
『 御用の方は、下記までご連絡下さい 』
ため息を尽きながら、葉山は呟いた。
「 …ま、こんなモンだろ。 都会でも、最近はこんなカンジだ 」
受話器を上げ、記された番号に電話を掛ける葉山。
「 …あ、すいません。 住所をお尋ねしたいんですが…… 由岐町 志和岐 字 堂島 1408の7 です 」
しばらくすると、返事があった。
「 …え? 無い? 堂島ですけど…… はあ… そうなんですか…… 分かりました。 お手数掛けました 」
受話器を置く、葉山。
小島が、心配そうに尋ねる。
「 どうしたの? 」
「 堂島に、1408番地ってのは、無いそうだ 」
「 ええ~っ? そんな… 確かに、字 堂島って、言ってたわよ? 」
葉山は、側にあったイスを出し、腰を掛けると、机の上にあった灰皿を手元に引き寄せ、タバコを取り出して火を付けた。
「 …う~む…… 」
煙をくゆらせ、思案する葉山。
…ここまで来て、思いも寄らない展開である。
「 デタラメな住所を、登録していたとは思えない… だとすれば…… 」
「 会長さんの、聞き間違い? 」
「 それはないだろう。 会合やら打ち合わせなんかで、頻繁に連絡は取り合っているはずだ。間違っていたら、分かるはずだよ 」
「 じゃあ… あとは、何…? 」
ハッと、何かに気付き、手を叩く葉山。
「 そうか、呼び名だ…! 」
「 呼び名? 」
「 …そうだよ! それだ…! 」
葉山は、弾かれたように立ち上がり、机の上の書類を、勝手に物色し始めた。 住宅地図を見付けると、それをお構いなく、机の上に広げる。
「 堂島と、同じ呼び名の地名が、他にも存在するんだ…! きっと 」
小島も納得した。
「 なるほど…! 聞き取りだったから、勝手にコッチが『 堂島 』って、当て字解釈したワケね? 」
「 そういう事! ここから掛けた電話だから、警察も、コッチの堂島で検索したんだろう。 え~と… ここは、ドコだ? 」
小島も、地図をのぞき込む。
「 堂島だから… 多分、この辺じゃないかしら… あ、ここよ、ここ! 交番の×マークがあるわ 」
「 ここから、海側に戻ったとして… う~ん… 田舎の字は、広いなあ…! こんなトコまで志和岐かよ 」
海岸線まで検索範囲を広げ、地名を探す。
国道脇辺りを指差しながら、小島が言った。
「 この辺りは、450番地ってあるわ。 もっと海側じゃないの? 一番、海岸側は、1560番地よ…! 」
はたして、海から、そう遠くない所に、その地名はあった。
『 童島 』
「 あったッ! あったぞ、これだ! 1380… 1395… 」
地図を指差す葉山の目に、『 童島荘 』というアパートの名が映った。
「 1408番地、童島荘…! コイツだ! 多分、間違いない…! 」
「 聞き取りの落とし穴ね。 危ない、危ない…! 」
手帳に簡単な略地図を書き写すと、2人は、車に飛び乗った。
築、20年以上は経っていると思われる、鉄筋コンクリート製のアパート。
周囲は住宅が点在し、南方の方角の空が開けている。
人家の陰になって確認は出来ないが、高く感じる空から推察するに、
海が近いのだろう。
建物全体を見渡せるアパート近くの路肩に、葉山は、車を停止させた。
「 …他県ナンバーの車を、あまり近くに止めない方がいいな。 この辺りがいいだろう…… 」
各階の窓に、洗濯物が干されている……
敷地内に駐車場もあるが、平日という事もあり、あまり車は駐車されて
いない。 静かな所だ。
「 ちょっと見て来る。 小島さん、ここにいて… 」
車を降りた葉山は、アパートの方へ向かった。
建物の向こう側には、もう1棟、同じような棟が建っていた。
壁面には『 A 』と描かれている。
葉山は、ポケットからカード式のデジタルカメラを出すと、アパートの全景を撮った。
( 手前がB棟だな。 B305… 3階か… )
カメラをポケットに入れ、入り口に向かう。 エレベーターは無いようだ。
階段を登り、3階に着く。
一番端の部屋から、廊下を歩きながら部屋を確認する葉山。
( 305号室… ここか…! )
表札は、何も出ていない。
何の変哲も無い、無機質な古びた鉄製ドアの玄関……
再び、カメラを出し、玄関を撮影する葉山。
廊下側の窓が開いているようだ。
葉山は、通りすがりに、窓から室内を確認してみた。
畳敷きの小さな4畳半の部屋に、テーブルが1つ。
ワンドアの、小さな冷蔵庫も見える。
宗治氏や、妻と思われる人影は見えなかった。
…家族とも消息を絶ち、年老いた妻と2人で失踪。
故郷を遠く離れたこの地にて、まさにひっそりと暮らしている……
そんな経緯を、そのまま描写したような雰囲気が感じられる室内だった。
窓際を通り過ぎると階段を降り、1階の集合ポストを確認する。
『 飯島 宗治 』
305号のポストには、手書き文字で、名前が書いてあった。
( 間違いないな…! )
カメラを出し、ポストの名前を撮影する。
中をのぞくと、何か、数点の郵便物が来ているようだ。
手慣れた動きで、その郵便物を抜き取り、ポケットに入れる。
そのまま葉山は、車に戻った。
「 収穫、あった? 」
郵便物を小島に手渡すと、葉山はエンジンを掛け、車を出した。
一通り、現場を確認したら、とりあえず、その場を離れる。
これは鉄則だ。
対象者が通り掛かる可能性があるからだ。 顔は知られていないにせよ、
見られないに越した事はない。
郵便物は、2通あった。 1通は、家電量販店のDM。 もう1通は、何かの請求書のようだ。
「 携帯の請求書よ、これ…! 携帯、持ってるんだ 」
小島が、お構いなしに開封する。 …ちなみに、これは違法行為。 ポストから郵便物を抜き取るのもそうだが、まあ、業界では当り前の行動である……
これで、携帯番号が判明した。
路肩に車を止め、請求書に記載されている総合案内に、携帯から電話をする葉山。
「 …あ、もしもし。 毎月、送られて来る請求書だがね。 うん、そう… 女房が、間違って捨ててしまったらしいんだよ。 申しわけないが、再発送してくれんかね? 飯島 宗治です。 由岐町 志和岐 字 堂島 1408の7 B305号。 今、掛けている携帯は、訳あって友人のものだから、登録している携帯番号とは、違うからね。 …ん? 電話? ああ、自宅かね。 0884・78の… うん、済まんね。 宜しく 」
請求書には、全ての情報が明記してある。 それを読むだけだ。 これで、明日には新しい請求書が発送され、本人には、全く気付かれる事は無い。
「 さて…… どうする? 葉山さん。 居住確認、終っちゃったわよ? 」
小島が聞いた。
「 出来れば、本人の姿をビデオに納めたいな。 あと… 住所登録を調べなきゃ 」
「 そうね… あの童島荘って、どうも県営住宅みたいよ? 住民票は、弁護士の事務所なのに、他府県の人間が、県営に住めるってのは変よね? 」
確かに、そうだ… その辺りの実情を知る事は、この案件自体を象徴するキーワードを知り得る事にもなりそうである。
葉山は窓の外を指差しながら、小島に言った。
「 あそこに白い建物、見えるだろ? 地図によると、町役場だ。 住民課へ行って、確認を取って来てくれるかい? 」
「 OK。 情報を取得する手段は、あたしに任せてくれる? 」
「 ああ、いいよ、任せた。 僕は、アパートに戻って張り込みをするよ。 本人のビデオを撮りたいから 」
「 分かった。 じゃ、あたし、歩いて行くね。 少しは、足を動かさないと… 今日1日、車に乗りっぱなしだし 」
「 悪いね 」
「 ううん。 見知らぬ町を歩くのって、結構、楽しいのよ? 」
居住確認は、ほぼ終了している。 緊張がほぐれたのか、小島は、いつもよりご機嫌な様子だ。 車を降り、辺りの風景を見渡しつつ、散策でもするかのような、軽そうな足取りで区役所へと向かった。
小島の言葉に、葉山は、車をスタンドに乗り入れた。 ツナギを着た店員が、駆け寄って来る。
「 いらっしゃいませ~ 」
「 現金、いいかな? 」
「 はい、どうぞ 」
「 じゃ、ハイオク満タン 」
「 有難うございます。 はいぃ~、ハイオク、満タン入りまあぁ~す! 」
運転席のドアを開け、車外に出る葉山。 大きく伸びをし、腰を叩く。
「 痛てて… 腰が痛いな~ 」
小島も車外に出ると、伸びをした。
「 11時半かあ… 大体、予定通りね 」
「 55号、結構、快適に走れたね。 以前、来た時は、もっと混雑していた記憶があったけどな 」
スタンドの休憩室にあった自販機で緑茶を買った小島が、1つを葉山に渡しながら答えた。
「 もう、阿南市を過ぎたものね。 何か、信じられないわ。 今、四国の東にいるなんて 」
…対象者である宗治氏が四国にいる、という報告を受けた五木は、かなり驚いていた。
「 確率的には、かなりの精度です。 居住確認をしに行った方が良いと思うのですが… どうされますか? 」
葉山の問いに、五木はしばらく考え、受話器の向こうで答えた。
『 御苦労掛けますが、行って頂けますか? 予算的には、厳しいものがありますので、その… なるべく節減して…… 』
「 お任せ下さい。 最低限の経費で遂行する、超節約プランを立てております 」
『 …やはり車、ですか? 』
「 ですね。 それしかありません。 往復… 1600キロくらいですかね 」
『 申しわけない。 お願い致します 』
予定は1泊。
予算は、高速代金・フェリー乗船代・燃料代等の交通費と宿泊費を含め、8万。
宿は、簡易宿泊所になりそうだ。
市の場合、JR等の駅付近には観光案内所が設置されており、そこで紹介してくれる宿の中に、格安の素泊まり宿がある。
夜遅くのビジターでも対応してくれて助かるが、海が近い市だと、昔で言う『 船員宿 』もあり、格安の宿泊費に正比例した『 施設 』に、初めて宿泊する者はカルチャーショックを受ける事であろう。 日雇い労働者が寝泊りする飯場か、兵舎のようなところである。
「 お客さん、随分と、遠くからだねえ…! 仕事? 」
ガソリンを入れながら、車のナンバーを見て、店員が言った。
「 そう。 由岐に行きたいんだけど、道は、どう行ったら一番いい? 」
「 由岐? そうだねえ… このまま55号でいいよ。 星越トンネルの方へは行かずに、由岐峠の方へ左折したら、すぐだね 」
「 あと、どれくいかな? 」
「 まあ、小1時間で行けるかな? 」
「 そうか。 有難う 」
代金を渡すと、葉山は車を出した。
南国の国、四国……
幾分、日差しが強く感じられるのは、気のせいだろうか。
市内、あちこちで見掛けるパーム椰子が、南国の雰囲気をかもし出している。
小島が、地図を確認しながら言った。
「 葉山さん、ナビがあるのに、どうして使わないの? 」
ハンドルを切りながら、葉山は答えた。
「 時間的に余裕がある時は、あまり使いたくないんだ。 方向感覚が鈍るし、地理に疎くなる。 ナビに頼りっきりになりそうで、イヤなんだよ 」
「 何となく、分かるわ。 葉山さんらしいわね 」
「 まあ、アナログ人間なんだろうね。 認めたくはないけど 」
判明した住所を頼りに、車を走らせる。
海岸線は遠ざかり、山村の景色が、窓の外に映って来た。
段々畑に、カヤぶきの民家… 時折り、トラクターを載せた軽トラックがすれ違う。
「 …おかしいな? 海の見える所に、住んでいるはずなんだけど…… 」
「 バスが通ってるみたいよ? ほら、バス停があるわ。 あれに乗って、下町の公衆電話まで出掛けているのかもしれないわよ? 」
「 それにしても、田舎過ぎるんじゃないか? こんな所に、コーポどころか、アパートすら無さそうだぞ? 」
「 …う~ん、それもそうね…… 」
道は、徐々に細くなっていく。
人家はあるのだが、どう見ても郷中の雰囲気だ。
一昔前だったら、間違いなく『 村 』である。
段々と、不安になる2人。
住所には、『 B 305 』とある。 番地・番号に続く、明らかにマンションか、コーポ・アパートの部屋番号だ。 だが、周りに広がる風景は完璧な『 田舎 』である。 とても集合住宅などがありそうな雰囲気ではない……
もうしばらく行くと、道路脇に消防団の倉庫らしき建物があり、その横に交番があるのが見えた。
「 …こりゃ、確認した方が、良さそうだな 」
葉山は、交番の前に車を止めた。 建物の中には、人の気配がない。
「 こんにちは~…? 」
葉山は、両開きのガラス戸をそっと開け、小声で挨拶をしながら中をうかがった。 きれいに掃除はされているが、やはり人の気配はない。
「 誰かいる? 」
小島も、車から降りて来て言った。
「 誰もいないね… 」
葉山は、机の上に置かれた電話の横に貼ってある案内を見た。
『 御用の方は、下記までご連絡下さい 』
ため息を尽きながら、葉山は呟いた。
「 …ま、こんなモンだろ。 都会でも、最近はこんなカンジだ 」
受話器を上げ、記された番号に電話を掛ける葉山。
「 …あ、すいません。 住所をお尋ねしたいんですが…… 由岐町 志和岐 字 堂島 1408の7 です 」
しばらくすると、返事があった。
「 …え? 無い? 堂島ですけど…… はあ… そうなんですか…… 分かりました。 お手数掛けました 」
受話器を置く、葉山。
小島が、心配そうに尋ねる。
「 どうしたの? 」
「 堂島に、1408番地ってのは、無いそうだ 」
「 ええ~っ? そんな… 確かに、字 堂島って、言ってたわよ? 」
葉山は、側にあったイスを出し、腰を掛けると、机の上にあった灰皿を手元に引き寄せ、タバコを取り出して火を付けた。
「 …う~む…… 」
煙をくゆらせ、思案する葉山。
…ここまで来て、思いも寄らない展開である。
「 デタラメな住所を、登録していたとは思えない… だとすれば…… 」
「 会長さんの、聞き間違い? 」
「 それはないだろう。 会合やら打ち合わせなんかで、頻繁に連絡は取り合っているはずだ。間違っていたら、分かるはずだよ 」
「 じゃあ… あとは、何…? 」
ハッと、何かに気付き、手を叩く葉山。
「 そうか、呼び名だ…! 」
「 呼び名? 」
「 …そうだよ! それだ…! 」
葉山は、弾かれたように立ち上がり、机の上の書類を、勝手に物色し始めた。 住宅地図を見付けると、それをお構いなく、机の上に広げる。
「 堂島と、同じ呼び名の地名が、他にも存在するんだ…! きっと 」
小島も納得した。
「 なるほど…! 聞き取りだったから、勝手にコッチが『 堂島 』って、当て字解釈したワケね? 」
「 そういう事! ここから掛けた電話だから、警察も、コッチの堂島で検索したんだろう。 え~と… ここは、ドコだ? 」
小島も、地図をのぞき込む。
「 堂島だから… 多分、この辺じゃないかしら… あ、ここよ、ここ! 交番の×マークがあるわ 」
「 ここから、海側に戻ったとして… う~ん… 田舎の字は、広いなあ…! こんなトコまで志和岐かよ 」
海岸線まで検索範囲を広げ、地名を探す。
国道脇辺りを指差しながら、小島が言った。
「 この辺りは、450番地ってあるわ。 もっと海側じゃないの? 一番、海岸側は、1560番地よ…! 」
はたして、海から、そう遠くない所に、その地名はあった。
『 童島 』
「 あったッ! あったぞ、これだ! 1380… 1395… 」
地図を指差す葉山の目に、『 童島荘 』というアパートの名が映った。
「 1408番地、童島荘…! コイツだ! 多分、間違いない…! 」
「 聞き取りの落とし穴ね。 危ない、危ない…! 」
手帳に簡単な略地図を書き写すと、2人は、車に飛び乗った。
築、20年以上は経っていると思われる、鉄筋コンクリート製のアパート。
周囲は住宅が点在し、南方の方角の空が開けている。
人家の陰になって確認は出来ないが、高く感じる空から推察するに、
海が近いのだろう。
建物全体を見渡せるアパート近くの路肩に、葉山は、車を停止させた。
「 …他県ナンバーの車を、あまり近くに止めない方がいいな。 この辺りがいいだろう…… 」
各階の窓に、洗濯物が干されている……
敷地内に駐車場もあるが、平日という事もあり、あまり車は駐車されて
いない。 静かな所だ。
「 ちょっと見て来る。 小島さん、ここにいて… 」
車を降りた葉山は、アパートの方へ向かった。
建物の向こう側には、もう1棟、同じような棟が建っていた。
壁面には『 A 』と描かれている。
葉山は、ポケットからカード式のデジタルカメラを出すと、アパートの全景を撮った。
( 手前がB棟だな。 B305… 3階か… )
カメラをポケットに入れ、入り口に向かう。 エレベーターは無いようだ。
階段を登り、3階に着く。
一番端の部屋から、廊下を歩きながら部屋を確認する葉山。
( 305号室… ここか…! )
表札は、何も出ていない。
何の変哲も無い、無機質な古びた鉄製ドアの玄関……
再び、カメラを出し、玄関を撮影する葉山。
廊下側の窓が開いているようだ。
葉山は、通りすがりに、窓から室内を確認してみた。
畳敷きの小さな4畳半の部屋に、テーブルが1つ。
ワンドアの、小さな冷蔵庫も見える。
宗治氏や、妻と思われる人影は見えなかった。
…家族とも消息を絶ち、年老いた妻と2人で失踪。
故郷を遠く離れたこの地にて、まさにひっそりと暮らしている……
そんな経緯を、そのまま描写したような雰囲気が感じられる室内だった。
窓際を通り過ぎると階段を降り、1階の集合ポストを確認する。
『 飯島 宗治 』
305号のポストには、手書き文字で、名前が書いてあった。
( 間違いないな…! )
カメラを出し、ポストの名前を撮影する。
中をのぞくと、何か、数点の郵便物が来ているようだ。
手慣れた動きで、その郵便物を抜き取り、ポケットに入れる。
そのまま葉山は、車に戻った。
「 収穫、あった? 」
郵便物を小島に手渡すと、葉山はエンジンを掛け、車を出した。
一通り、現場を確認したら、とりあえず、その場を離れる。
これは鉄則だ。
対象者が通り掛かる可能性があるからだ。 顔は知られていないにせよ、
見られないに越した事はない。
郵便物は、2通あった。 1通は、家電量販店のDM。 もう1通は、何かの請求書のようだ。
「 携帯の請求書よ、これ…! 携帯、持ってるんだ 」
小島が、お構いなしに開封する。 …ちなみに、これは違法行為。 ポストから郵便物を抜き取るのもそうだが、まあ、業界では当り前の行動である……
これで、携帯番号が判明した。
路肩に車を止め、請求書に記載されている総合案内に、携帯から電話をする葉山。
「 …あ、もしもし。 毎月、送られて来る請求書だがね。 うん、そう… 女房が、間違って捨ててしまったらしいんだよ。 申しわけないが、再発送してくれんかね? 飯島 宗治です。 由岐町 志和岐 字 堂島 1408の7 B305号。 今、掛けている携帯は、訳あって友人のものだから、登録している携帯番号とは、違うからね。 …ん? 電話? ああ、自宅かね。 0884・78の… うん、済まんね。 宜しく 」
請求書には、全ての情報が明記してある。 それを読むだけだ。 これで、明日には新しい請求書が発送され、本人には、全く気付かれる事は無い。
「 さて…… どうする? 葉山さん。 居住確認、終っちゃったわよ? 」
小島が聞いた。
「 出来れば、本人の姿をビデオに納めたいな。 あと… 住所登録を調べなきゃ 」
「 そうね… あの童島荘って、どうも県営住宅みたいよ? 住民票は、弁護士の事務所なのに、他府県の人間が、県営に住めるってのは変よね? 」
確かに、そうだ… その辺りの実情を知る事は、この案件自体を象徴するキーワードを知り得る事にもなりそうである。
葉山は窓の外を指差しながら、小島に言った。
「 あそこに白い建物、見えるだろ? 地図によると、町役場だ。 住民課へ行って、確認を取って来てくれるかい? 」
「 OK。 情報を取得する手段は、あたしに任せてくれる? 」
「 ああ、いいよ、任せた。 僕は、アパートに戻って張り込みをするよ。 本人のビデオを撮りたいから 」
「 分かった。 じゃ、あたし、歩いて行くね。 少しは、足を動かさないと… 今日1日、車に乗りっぱなしだし 」
「 悪いね 」
「 ううん。 見知らぬ町を歩くのって、結構、楽しいのよ? 」
居住確認は、ほぼ終了している。 緊張がほぐれたのか、小島は、いつもよりご機嫌な様子だ。 車を降り、辺りの風景を見渡しつつ、散策でもするかのような、軽そうな足取りで区役所へと向かった。