社長はお隣の幼馴染を溺愛している
 出社し、要人が忙しくなった頃を見計らって、愛弓さんは経理課へやってきた。
 経理課の課長は面倒事を嫌う。
 愛弓さんの姿を見た瞬間、目を逸らし、どこか別の場所へ行くまで気配を消すことにしたようだ。
 
 ――姿はバッチリ見えてますけど。

 私も課長と同じ心境で、パソコンの影にサッと隠れた。
 でも、愛弓さんは経理課内の『嵐よ、去れ!』という重苦しい雰囲気に、まったく気づかず、女優のように大きな声で、話し始めた。
  
「倉地《くらち》さんって、怖いんですよ~。私の婚約者を奪ったんです!」

 全員、仕事の手を止め、顔を上げ、私のほうを向く。

「慰謝料を請求してやるんだから~!」

 愛弓さんは涙の出ていない目を、わざとらしく手で覆い、泣く真似をする。
 何事が起きたのかと、経理課や廊下を歩いていた人たち、他の課まで集まりだした。
 わざわざ愛弓さんは、人が大勢通るタイミングを見計らったようで、今、話したことすべて、集まった人たちに伝わってしまった。

「く、倉地さん……? 扇田さんが言ってる婚約者は……。ま、まさか、仁礼木社長では……?」
 
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