社長はお隣の幼馴染を溺愛している
 声がわざとらしく、すべて要人の算段だったのではと疑いたくなる。

「志茉。お腹空いただろ? 魚の煮付けが美味しいぞ」
「天ぷらも美味ですよ」

 衣がさっくりした穴子のてんぷらが美味しい。
 一口目はそのまま、二口目は抹茶塩につける。
 ここの料理はどれも美味しく、ハズレがない。
 食べ物で誤魔化されそうになって、ハッと我に返った。

「要人。まだなにか、よからぬことを考えてない? 他にもなにかしてなかった?」

 稚鮎(ちあゆ)の天ぷらを食べようとしていた要人の手が止まる。
 食べると、ほろ苦さのある稚鮎だけど、天ぷらにすると骨まで食べられて、香ばしくてお酒のつまみにぴったりだ。
 お茶なのが、ちょっと残念に思えた。

「あー、ほら、志茉。他にも食べたい物があるだろ? 好きに頼めよ」
「和食好きだとお聞きしてますよ」

 要人と朝比さん、二人同時に、私の前にメニューを置く。
 
 ――この態度、ますます怪しい。
 
 けど、二人はなにも教えてくれなかった。
 仕事が絡む話なのか、そのあたりはやっぱり、私相手であっても口が堅いのだ。
 結局、二人は当たり障りない会話をし、明日からどうするかという話をしていた。
 これは、夕食を兼ねた明日からの打ち合わせだったらしく、私は料理のほうへ集中した。
 小料理屋での食事が終わると、朝比さんと別れ、要人の車に乗り、助手席の窓を少しだけ開けて、涼しい風で眠気を飛ばす。
 お腹がいっぱいになると、どうしても眠くなってしまう。

「志茉。あのな、家を出るって、前に言っただろ?」
「うん」
「あれは志茉を連れて、一緒に出るっていう意味だ。そろそろ、アパートから引っ越さないか?」

 それは、お隣の幼馴染でなくなる提案だった。
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