社長はお隣の幼馴染を溺愛している
 いつでも、要人は仁礼木の家から、出ていけた。
 それなのに、私のそばにいるためだけに、お隣で暮らしていた。
 変わらない関係を続けて、私に安心感を与えて、傷が癒えるのを待っていたのだ。

「志茉が両親との思い出の残るアパートを出たくないのも知ってる。でも、志茉。俺は志茉と本当の家族になりたい」

 いつになく固い声に、要人が緊張しているのだとわかった。
 プロポーズであり、私がアパートを出るという決意をしてくれるかどうか――要人だって、不安なことがあるのだと思うと、なんだか可笑しかった。
  
「笑うな」
「……だって、いつも自分の意見を通すくせに」
「志茉だけは別だ。嫌われたくないからな」
「うん、要人。ありがとう。私、要人と一緒に暮らしたい」

 要人は車を止め、私を見つめる。
 整った綺麗な顔が、至近距離にあり、要人の指が私の頬に触れる。
 私と要人がお互いの唇を重ねようと、目を閉じかけた瞬間、目の端に入ったものがあった。

 ――煙?

 暗闇に煙が浮かんでいるのが見えた。
 それも、おかしいと感じるほどの煙の量が。

「要人、火事じゃない?」
「火事……?」

 要人はなにか察したように、怖い顔をし、車のエンジンをかける。
 車を走らせ、アパートに着くと、真っ赤な炎があがっていた。
 火元は一階部分からで、私の部屋がある二階は、まだ火の手が回っていない。
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