社長はお隣の幼馴染を溺愛している
 八重子さんに家事をすべて任せ、愛人とゲームのように浮気を楽しむ。
 それが、俺の母親だ。
 そのくせ、父や俺たちが母を無視するから悪いと言い張る。

「……家族なんか、俺にはいない」

 そう思いながら、家から出た。
 隣の古い木造アパートには、最近引っ越したばかりの家族がいる。
 その家族はいつも幸せそうで、窓を開けると、明るい声で笑う声が聞こえてくるのだ。
 嫉妬より、俺はまるでドラマを観るように、その世界を眺めていた。
 自分には無縁な世界すぎると、妬ましさより、憧れのほうが勝つのだと知った。
 今日はアパートの庭に、座り込んでいる子供がいた。
 俺の視線に気づき、大きな目で、俺を見る。

「こんにちは。近くに住んでいる人? わたし、くらちしま。ここに引っ越してきたばかりなの」

 ――ずっと窓から見ていたから、知っている。
 黙っている俺に、遠慮なく話しかけてくる。
 
「トマト食べる? これねぇ、前に住んでたところから、持ってきて植えたの」

 緑の葉の中に、トマトがいくつも実をつけていた。

「いらない」
「そっかぁ……。お友達にあげようと思って、持ってきたのに。お坊ちゃまみたいだし、食べないよね。お坊ちゃまのトマトは、どこのトマトを食べるの?」
「誰がお坊ちゃまだ! 俺の名前は仁礼木要人だ!」
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