社長はお隣の幼馴染を溺愛している
 要人と気が合いそうね、と思いながら、食後のコーヒーを口にする。
 だから、今日は仕事に行くわけでもないのに、私にスーツを着るように言っていたらしい。
 宮ノ入グループ本社、それも会長となると、雲の上の人だ。

「そんな偉い人に、挨拶なんて緊張するわ」

 すき焼きを食べる前に聞いていたら、きっと肉の味がしなかっただろう。
 それくらい住む世界が違う人たちだ。

「同じ人間だろ」
「大雑把な物差しで言うんじゃないわよ。要人たちと一般人は、牛だとバッファロー(凶暴)とホルスタイン(温厚)くらい違うんだから!」
「牛に例えるなよ」

 コーヒーを飲み終え、落ち着いた気持ちになるどころか、私はこれから、バッファローの群れに放り込まれるウサギの心境になった。
 宮ノ入グループのトップ、要人を利用するほどの力を持った人たち。
 要人の能力を買ってくれたのは嬉しいけど、平穏な生活から遠ざかったような気がしたのは、きっと気のせいじゃない――

 ◇◇◇◇◇

 宮ノ入グループは巨大財閥である。
 親族同士、バラバラで経営していた銀行や会社をひとつにしたことで、財閥に成長し、今に至ったということらしい。
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