社長はお隣の幼馴染を溺愛している
「サインを」
「……要人さん!」

 これはまるで――

「高校生にサインをさせたんだから、サインくらい簡単にできるだろ?」
 
 青白い顔をし、おばさんは突きつけられた離婚届を見つめる。
 そして、警察と言われて、おばさんは自分に逃げ場がないことを悟った。

「ま、待って! あなたっ! 私に優秀な弁護士をつけていただきたいの! 実家から追い出されてっ……! もう面倒を見れないと言われたの」
「お金の力で解決せず、きちんと罰を受けなさい。それが償うということだよ」

 おばさんと違って、おじさんは冷静で、深く息を吸って吐く。
 
「後はお前たちのいいようにしなさい」
「き、清臣さん、要人さん。母親を助けると思って……」

 二人に懇願するも、外にパトカーが止まり、インターフォンが鳴った。
 おばさんは警察に連れられていく。
 私と梨日子さんは、無言でそれを見送るしかなかった。
 あまりに非日常すぎた出来事に、言葉が出ず、呆然としたまま。
 それはまるで、ドラマの一部始終を眺めているような感覚だった。

「止められませんでした……」

 梨日子さんの呟く声が、私の耳に届いた。

「そうね……」

 パトカーが去った後は、とても静かで平和だった。
 アパートのお隣に建つ仁礼木家。
 美しく立派で、大きなお屋敷。なんて素敵なお屋敷だろうと、幼い頃の私は、憧れの目で眺めていた。
 でも、いまは違う。
 私は以前のように、仁礼木家を憧れの目で見ることはなくなっていた――
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