社長はお隣の幼馴染を溺愛している
 幼馴染の私が言うのもなんだけど、要人と一緒に仕事をするのは、大変そうだ。
 有能なのはわかるけど、要人の行動力はイノシシ並み。
 決めたら一直線で、意思を覆すのは難しい。
  
「ああ。男の秘書がいるぞ。宮ノ入(みやのいり)グループから一緒に連れてきた」
「男の人なの?」
「女だと、俺の貞操が危ない」

 冗談で言ったのかと思ったけど、本人は真面目な顔をしていた。
 どうやら、女性に迫られたことがあるらしい。

「う、うん……。ま、まあ、そうかもね」

 普通は逆じゃないのかなと思いながら、コーヒーをふたつテーブルに置く。

「はい、要人。コーヒーをどうぞ」

 要人はまじまじをコーヒーを眺める。

「どうかした?」
「いや。昔、ままごとの時に渡されたコーヒーが、絵の具だったからな。ちょっと思い出してた」
「絵の具なわけないでしょ!」
「わかってるけど、アパートにいると思い出すんだ。昔の志茉のことを……」

 そこから先の言葉を要人は言わなかった。
 途中で言うのを止め、コーヒーを飲む。

「志茉。この間のことだけど、気にしなくていいからな」
 
 ――この間の事って、いったいどれのことだろう。

 社長に就任後、ヤクザ風の服装で焼肉屋まで迎えに来たこと?
 それとも仁礼木のおばさんと言い争った時の話?

「わかったわ」

 とりあえず、返事をした。
 要人は自分が巻き起こす非常識な事柄の数々を理解するべきだ。
 今までの静かな生活は、すでに脅かされている。
 それもまだ前哨戦である。
 この先に続くのが、今まで以上の嵐になることを私はまだ知らない。
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