純愛
ベンチに三人座りながら、つばきが足をバタバタ揺らしながら「アイス買いに行こうよ。」って言った。

バス停の前の坂を登りきって、海の方向へ歩けばすぐに個人営業の商店がある。品揃えがいいとは言えないけれど、自転車で二十分もかかるコンビニまで歩いて行く気分にはなれない。

「だったら一回帰って着替えてから集まろうよ。」

カンナが言いながらベンチから立ち上がって「行こう」って俺達を呼んだ。

「そうだな。」

俺も立ち上がって、カンナの後ろを歩いた。バス停の前の横断歩道。押しボタン信号機の色が変わるのを待った。
つばきがやって来ない。振り返って、まだベンチに座っているつばきを見た。

「つばき?」

カンナがつばきを呼んだ。つばきが誘ったのに、足をパタパタ揺らしながらベンチに座り続けている。少し前かがみになって、両腕をベンチについて、下を向いている。

「つばき、信号変わったぞ。」

俺もつばきを呼んだ。つばきは揺らしていた足をピタッと止めて、ゆっくり俺とカンナを方を向いた。顔を上げた瞬間のつばきは無表情だったけれど、たぶんカンナと目を合わせて、ゆっくりと笑った。俺の方は見てはいなかった。
笑った顔は、口だけで笑っている様に見える。目は笑っていなかった。

歩行者用信号機の青がチカチカと点滅して、また赤に変わった。信号待ちをしている車は無かった。バス停の屋根以外、陽を遮る物は無くて、俺とカンナは直射日光に晒されている。蝉の声もやけに騒がしく聴こえた。

「やっぱり私達、変わったよね。」

つばきが言った。

「え?何て…?」

こんなに蝉が騒がしいのに、俺にはつばきの言ったことが不思議とハッキリ聞こえたのに、カンナにはたぶん、つばきの声の音しか聞こえていなかった。
つばきが立ち上がって、ゆっくりと歩いてきた。
視線はずっとカンナの方に向けられている。透明人間にでもなったみたいに、俺の方は全然見ていない。

横断歩道前に二人で並ぶ俺とカンナの前まで来て、つばきはカンナを見たままで言った。

「私達、変わったよね。カンナちゃんも、とーか君も。私だって変わったって思ってるよね。…ね、とーか君?」

そう言って、つばきはようやく俺を見た。カンナに向けたあの笑顔と同じ。目が笑っていない。信号が二度、三度と色を変えた。走行車は相変わらず少なくて、横断歩道の機能はあまり果たしていない。俺達の他に信号待ちをしている人も居なかった。
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