純愛
「はい。」

差し出された小さい紙袋を受け取った。中にはビニール袋に包まれた球根が入っている。山芋とか長芋のようにも見えた。

「何の球根?」

「カンナ。」

つばきが歌う様に軽やかに言った。

「カンナの球根、とーか君にも分けてあげる。分球してた分、植え替えようと思ってたんだけど、カンナってすっごく増えるんだよ。うちのはもう今年も咲いてるしさ。見た?覚えてない?とーか君のおうちにも立派な花壇があるし、おばさんもお花、好きでしょう?カンナの球根を植え替えるなら四月くらいが本当はいいんだけど…、うまくいくか試してみてよ。」

「何で俺に…。」

「何でって…私が育てるよりずっといいでしょう?カンナってね、暑さにはすごく強いんだよ。だからきっと十月くらいになれば咲くかもしれないし。なるべく日当たりの良い場所を選んでね。でも…。」

コロコロと楽しそうに喋っていたつばきが、急に声のトーンを落とした。ビニール袋に入ったままの球根を眺めていた俺は、つばきに視線を移した。

「発芽して、うまく花が咲いても冬場は気をつけてね。球根が凍ると死んじゃうから。」

死んじゃうから、と言ったつばきの声は聞いたことがないくらい冷たかった。びっくりするくらいに冷たい音だったのに、今までのどの言葉よりもつばきの感情が重くのしかかる。

「とーか君。」

つばきがデニムのショートパンツのポケットにスッと手をやる。そう言えば、不自然なあの膨らみは何だろう。つばきはそのまま左右のポケットに手を入れて言った。

「うまくいけばこんな色の花が咲くよ。」

一瞬だった。パッと天井に向けて広げられたつばきの腕。俺の視界は真っ赤に染まる。
ひらひらと一定の間隔で舞う、真っ赤な花びら。スローモーションの様に天井の方から散るその花びらは、つばきのショートパンツのポケットに入るくらいだ。大量にあったわけじゃないのに、その強烈な赤い色は、俺の視界を染め上げるのには十分だった。
< 30 / 100 >

この作品をシェア

pagetop