純愛
床に敷いたラグの上に舞い落ちていくカンナの花びら。真っ赤な花びらが黄色く縁取られている。そう言えば、つばきの家の花壇に毎年咲いていたな、と思い出した。だから俺は、カンナの花、と言われたらすぐにイメージ出来るんだ。

「この花びら、どうしたんだよ。」

「とーか君に見せてあげようって思って、千切ってきたんだよ。」

つばきはとんでもないことをにこにこと喋り続ける。絶望するつばきの母親の顔が目に浮かぶ。

「おばさん、悲しむぞ。」

「それよりも大事なことってあるじゃない。ね、これ見てどう思った?綺麗だったでしょ?ドキドキした?」

つばきが言いながら、勉強机の椅子に座る俺の、もう目の前まできた。あと数ミリで肌が触れそうな所につばきが立っている。

「とーか君、勝負しようよ。」

「勝負って…。」

急に大人になったみたいな顔で笑うつばきから目が離せない。

「ちゃーんと花が咲くかどうか。もし咲かなかったら…。」


つばきは腰をかがめて、俺の耳元に口を近づけて、言った。

「椿みたいに落ちてもらうから。」

どこから音が鳴っているのか、聞いたことの無いつばきの声。脳内から鳴ってるみたいに深く、濃く、粘着性のある声。

「どういう意味だよ。」

「内緒だよ。」

つばきがもう一度囁いて、体を離した。そのつばきが歪んで見える。俺は、つばきが恐ろしくて堪らなかった。そんな俺の恐怖心を楽しむ様に、つばきが勉強机のペン立てに左手を伸ばした。つばきの行動一つ一つから目が離せない。
左手に握られたカッターナイフ。カチ、カチ、カチと、伸びてくる刃。

「ねぇ。」

つばきの問い掛けに、俺は声が出せない。でもそんな声、つばきは待っていない。
呼吸をするのと同じ、当たり前の様に、つばきは左手に握ったカッターナイフで、スッと右腕に一本、線を引いた。

「これが私の血の色だよ。」

プツっと細く弾けた線が、ポタポタポタっと雫を作って、床に落ちていく。

「この色、見覚えある?とーか君のお悩み解消できたかな?」

つばきは薄い麻のカーディガンを羽織っていた。ゆるく捲っていた袖をサッとつばきがおろすと、その白いカーディガンがじわじわと赤く染まっていく。深く切ったわけじゃない。けれどその赤は、カンナの花びらよりももっと強烈に俺の脳内を支配した。
鮮やかな鮮血。嫌がらせの紙の上で固まって変色した色とは違う。アレが本当に血なのかどうかは分からないけれど。

「帰れよ。」

俺はようやく立ち上がって、つばきにカンナの球根を押し付けた。そのまま乱暴につばきの左腕を取って、ドアの方へ押しやった。
つばきは不服そうな顔をしたけれど、そんなことはもうどうでも良かった。これ以上つばきの顔を見ていられなかった。

「それもいらないから。」

「何で。」

「いいから帰ってくれよ!」

叫ぶ様に言ったから、リビングに居る母さんにも聞こえたのかもしれない。階段の下から「どうしたの。」って声が聞こえてくる。

つばきがあからさまに膨れっ面を作って階段を降りていった。母さんが「帰るの?」って声を掛けて、つばきは「お邪魔しました。」と、嘘くさい笑顔を浮かべている。
< 31 / 100 >

この作品をシェア

pagetop