純愛
つばきが玄関から完全に出ていくのを見てから、俺も階段をおりた。

「つばきちゃん、怪我してなかった?」

「してないよ。」

いくらなんでも不自然だけど、そう言うしかない。俺はそれ以上何も言わないで、掃除機を持ってまた自分の部屋に戻った。母さんは不思議そうに俺を見ていた。
ベッドや勉強机の周りに掃除機をかけて、カンナの花びらを吸い取った。それからウェットティッシュやアルコールを使って、何度も何度もつばきの血が落ちた床を拭った。
拭いても拭いてもあの赤い色が焼き付いて離れない。

吐き気がした。俺とカンナが大切だと思っていたつばきはもう居ない。突然変わってしまったつばきを、そうさせてしまったのは俺達なのか?本当に俺とカンナが悪いのか?思考がグチャグチャになって、つばきの声、真っ赤なカンナの花びら、漆黒のつばきの髪の毛、真っ白な肌、流れる血液の色。
俺の思考、視界、聴覚を歪ませていく。

何度も何度も何度も床を乱暴に擦った。怖くて堪らなかった。
つばきなんてもう、ここに存在しなければいいのに。そう思ってしまうほどに、つばきの気配が怖い。

ふと、開けたままの窓を見た。カーテンも開けている。二階のこの部屋から外を覗けば、少し遠くの方の海が見えて、夕方になると夕焼けが綺麗で好きだった。
今はその窓を振り返って、ゾッとした。床にしゃがみ込んでいる俺には、窓の下は見えないけれど、そこからつばきが覗き込んでいる様な気がして背筋が冷えた。
膝を付いたまま窓の方へ行って、しゃがんだままサッとカーテンを引いた。夕方過ぎの電気を点けていない部屋は一気に暗くなった。

このまま全部、消えてしまえばいいのに。俺がカンナを守ると誓ったのに。
ただ心の中で、つばきが消えてくれることばかりを願った。
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