純愛
周りがなかなか帰ろうとしない中、名残惜しかったけれど、俺達は帰らなければいけない。
二一時になろうとしている。この港から一番近いバス停は、歩いて十分くらい。

もしかしたら…と思っていたけれど、小走りでバス停に着いた時には案の定、僕達の地元に帰る最終バスは終わっていた。

「カンナ、足痛くない?」

カンナは下駄を履いていたから心配だったけれど、大丈夫だよと笑ってくれた。

「ごめん。バス、終わっちゃったな。」

「うん。お父さんに迎えに来てもらえないか電話してくるね。」

そう言って、カンナは少し離れたところで電話をかけに行った。カンナのおじさん、迎えに来た時に怒られるかなぁなんて思って、急に緊張してきた。小さい時から家族ぐるみでお世話になってきたけれど、やっぱりこの状況って、今までとは違う気がする。
なんて言うか、結婚前の試験みたいな感じだ。…考え過ぎかもしれないけれど。

「お父さん、来てくれるって。良かった。お酒呑んでなくて。」

カンナのお父さんはお酒が好きだ。夏祭りの時もお好み焼きを売りながら呑んでたなぁって思い出した。

「う…、うん。ありがとう。」

結婚の挨拶でもするのかってくらい、急に緊張してきた俺をよそに、ちょっと座ろうよって、カンナはバス停のベンチに座った。まだ最終バスが残っている人達が、少しずつバス停に集まってきていた。

二一時を過ぎていても、繁華街の夜はやっぱり明るい。お店も街灯も沢山あるし、こんな時間にこんなに人が出歩いているなんて不思議だ。
この人達にはきっと、「限られた世界」なんて無い。どこにだって行けるし、どこに行っても自由だ。そんな人達が、眩しく見えた。

ベンチに座ったカンナが、「ちょっと蒸すね。」と言いながら、浴衣の衿のところを少しパタパタとする仕草をした。

同じ市内なのに、山を越えた俺達の地元とは夏の夜の気温も全然違う。八月も中旬から下旬頃になれば、窓を開けていれば夜は十分涼しい。
ここはまだ少し、夜でも蒸していて、それがいくつもそびえ立つビルや、集まる人の熱気のせいなのかどうか、俺には分からない。

花火大会の会場で貰ったうちわで、カンナをパタパタと煽いだ。カンナはふふ、と笑って、ありがとうと言った。
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