純愛
翌日、昼過ぎに目が覚めた。ようやくリビングにおりてきた俺に、母さんが「もうすぐ夏休みも終わるのに。」と小言を言っている。

そんな小言はそっちのけであくびをしながらソファに座ったのと同時に手に持っていたスマホが震えた。スクリーンに「カンナ」の文字。
寝起きの俺は繰り返し出るあくびを噛み殺して、電話に出た。

「もしもし?」

「透華くん、やっと起きたの?」

スマホ越しからいつもよりフィルターがかかった様なカンナの声が届く。

「ごめん。よく分かったな。」

「寝起きの声してる。」

「どうした?何かあった?」

電話が終わったら顔洗わなきゃなとか考えながら、ソファに深めに背中を預けた。そんな俺にカンナは「今から出て来られる?」と言った。

「今から?」

だらしなくソファに座っていた俺は、背筋を伸ばして座り直した。

「うん。昨日のりんご飴、つばきに渡しに行こうと思って。」

「あー。そうだったな。」

「もう。眠気覚ましにもなるでしょ。神社で待ってるね。」

「分かった。すぐ行く。」

神社とは、つばきの家の目の前の神社のことだ。カンナの家からも五分くらいで着いてしまう。
俺は急いで洗面台に向かって、顔を洗って歯を磨いた。
背中越しに「毎朝カンナちゃんに起こしてもらおうかしら。」とかなんとか冷やかしてきたけれど、俺は何も言わなかった。

急いで着替えて家を出る。相変わらず陽射しが強くて、夏休みはあと少しで終わってしまうのに、夏はまだまだ終わらなそうだった。
玄関の外で空を見上げていた俺の背中越しに、玄関のドアが空いて母さんが顔を覗かせた。

「透華。海には入っちゃ駄目だからね。」

「入んないけど。なんで。」

振り返って母さんの顔を見た。逆光で眩しい。

「お盆過ぎの海は引っ張られるわよ。」

母さんは不気味な言葉と意味深な笑顔を残して家の中に入っていった。

海の近い町だとそういう言い伝えも残っている。お盆過ぎの海に入っちゃいけないなんて理由は他にもあるだろうけれど、ちょっとホラーに伝えてくるところが田舎の町らしいなと思った。
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