純愛
「なんで否定ばっかりするの。」

つばきが泣きそうな声で呟いた。

「何が?」

俺はつばきの方を見ないで、空を見上げ続けた。雲は分厚くて、濃い灰色だ。雨足は強いけれど、今日は風がない。空から糸が真っ直ぐに繋がっているみたいに、規則的に雨が落ちてくる。

「何言っても駄目、駄目、駄目!田舎のジジババみたい。せっかくの青春もぜーんぶ駄目。あと三年で制服だって着れなくなるのに、今しか出来ないこといーっぱいあるのに、ぜーんぶ駄目!つまんない大人みたい。」

「大人がつまんないなんて分かんないじゃん。それに、たぶん、今の俺達よりはずっと自由だ。」

「嘘。」

「何で?」

「とーか君は大人になってもきっと不自由なままだよ。」

「不自由って?」

俺はつばきの言葉に少しムッとして、つばきを見た。つばきも睨みつける様に俺を見ている。

「今だってとーか君は何かに縛られてこんなに不自由じゃない。そんな人、大人になったって変わりっこ無い。」

つばきはキッパリと言い切った。つばきの言う通りかもしれない。俺は生まれた環境や年齢ばかりのせいにして、目の前にある可能性も潰している。自分自身を必要以上に窮屈にしていたのは、俺自身だ。
その自覚はあった。それをまさかつばきに突きつけられると思っていなくて、そうやって逃げてきた自分を見透かされたことが悔しくて、ムッとしたのかもしれない。

それから、つばきの言うことの全部に応えてあげられないのには、もう一つ理由がある。

「そうかもな。でもさ、つばき。今年の夏休みはちょっとくらい我慢してくれない?」

つばきの表情はますます険しくなる。

「あのさ、カンナと付き合って、初めての夏休みなんだ。この時間を今までより大切にしたいんだ。つばきとだってまったく遊ばないって言ってるんじゃない。ただ、二人で過ごす時間も欲しいんだよ。特別なんだよ。今回は。」

「もういい!」

「つばき?」

つばきは土砂降りの雨の中に飛び出した。頭の先から腕、スカートから伸びる脚にも雨が当たっては弾ける。

「カンナちゃんは特別で、私との時間は邪魔なんだね!」

つばきは叫ぶ様にそう言って、乱暴に歩いていってしまった。そりゃあ今までだってこんな風に駄々をコネてきたんだ。伝わるわけないよなぁなんて思いながらも溜め息が出る。

つばきだって大切な幼馴染だ。邪魔だなんて思っていない。でも、今年は本当に、カンナと恋人になって初めての夏休み。今までと違う時間を過ごしたかった。つばきと絶対に会わないっていうわけじゃない。ただ、その時間をいつもよりは二人だけの時間に譲って欲しかった。でもつばきには伝わらない。
つばきにとっては、俺の方が我が儘を言っているのかもしれない。

濡れた体が冷えてきた。遠くなっていくつばきの背中を見送りながら、反対に俺は歩き出すことが億劫になってきていた。
早く帰らないと風邪を引いてしまうかもしれない。やっぱり雨宿りなんてしないで真っ直ぐ帰っていればよかった。
そうしたらつばきと喧嘩することもなかったのに。
< 7 / 100 >

この作品をシェア

pagetop