純愛
「カンナちゃんね、本当のこと教えてあげるから、とーか君にはここに来ること、絶対に言わないでねって言ったらさ、二つ返事で分かったって言ってくれたよ。好奇心旺盛だよね、カンナちゃんって。好奇心も有り過ぎると失敗するよって、童話でもこんなに教えてるのに。」

つばきは小説のページを雑に捲った。綺麗な状態のページと違って、少しパリパリとした音を含んでいる。

「とーか君と別れてくれるなら、もう嫌がらせなんかしないし、とーか君の前では今まで通りの私として振る舞うよって言ったのに…。カンナちゃんは、それは出来ないって。暢気にりんご飴なんて渡してきてさ。これでもまだとーか君との二人だけの思い出で私を苦しめようとしてくるなんて。屈辱だった。」

つばきの目には確かに憎しみの色が宿っている。
開いていた小説のページをグシャッとつばきが握り潰した。紙が破ける音がした。
つばきはそのまま左手を開いて、破れたページは風に舞った。

「そんな…、つばき…本当にそんなことの為にカンナを…。」

「そんなこと?」

「そんなことだろ!?だって…」

「とーか君は!」

つばきが大きい声を出す。それと同時に、まるで計算された映画みたいに、体育館の方から吹奏楽部が奏でる校歌の演奏が始まった。
その音は屋上にいる俺達には遠い音だったけれど、つばきの叫びと重なって、肩がビクリと震えた。

「とーか君は、人を好きになる気持ちがどんなに痛くて苦しいか、知ってるはずでしょう?そんなこと、なんかじゃない。その人の為なら何だって出来る。私だけの物になるなら。だから…。」

「だから?」

「手に入らないならもう、殺しちゃうしかないかなって。トンって…、カンナちゃんの背中、押したの。」

目の前のつばきが歪む。視界が朦朧とする。

「カンナちゃん、手足バタバタさせて…。まぁいいや。状況話したってもう意味なんて無いし。カンナちゃんが動かなくなるまで、ずっと見てた。動かなくなってもずっと見てた。カンナちゃんがあの世で一人ぼっちになっちゃっても寂しくないようにコレ、投げてあげたんだよ。」

ガシャンッ…。フェンスが今までで一番大きい音を立てる。肩を掴まれたつばきが、フェンスに打ち付けられる。俺の手で。

ひらひらと振って見せていた小説をつばきは地面に落とした。
上目遣いで俺を睨みつけるつばきは、弱い女の目なんてしていない。この目のどこに、俺を好きだというその感情を信じればいいのか。

「何時くらいだったか分かんない。カンナちゃんが海に落ちたって、カンナちゃんの家に駆け込んだの。おじさんもおばさんも、私がカンナちゃんと一緒に居たんだって知ってるはずなのに、どうして疑わないのかなぁ。もう精神的に、死んじゃったのかな。」
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