純愛
夜十時。つばきの家の目の前の…と言っても、俺の家もほとんど目の前だ。
神社でつばきと待ち合わせをした。

カンナと最後に待ち合わせをした神社。他の街で暮らす同級生なら、こんな時間の神社は怖いと言うだろう。
もっと小さい頃は確かに怖かった。けれどそれがずっと日常になってくれば、怖いという気持ちはあまり無かった。

「今日はとーか君に呼び出されてばっかりだね。」

神社にやって来たつばきが言った。

「おばさん達は何て?」

「別に何も?神社でとーか君と会ってくるって言ったらそれなら安心だって。とーか君、信用されてるんだね。」

妙に嬉しそうなつばきを横目に、俺は鳥居をくぐった。奥に進むと小さな境内がある。
手水舎と賽銭箱。たった三段の石階段。その奥が一応本殿だけど、待合室くらいの、畳が敷かれた小さい部屋だ。

ずっとこの町で暮らしてきたけれど、中には大晦日にしか入ったことが無い。
もっと大きい神社への初詣は元旦の朝に行くと、俺の家もカンナとつばきの家も何故か決まっていて、大晦日はこの神社の小さい本殿でお詣りをする。夏祭りよりも人出はずっと少ない。

石階段に座って、隣に座る様につばきを促した。つばきは黙って俺の隣に座った。

「どうしたの?あんなに怒ってたくせに。」

茶化す様な言い方にも、今はさほど感情が動かない。

「つばき、お前を好きになれば、カンナのことも忘れさせてくれるのか?」

街灯も何も無い神社は暗いけれど、つばきの顔ははっきりと見える。夜の暗さに目が慣れたのかもしれない。
つばきは何かを訝しがる様に一瞬眉間に皺を寄せた。

「どうしたの?」

「考え直したんだよ。どんなに怒ったり泣いたりしたって、カンナが生き返るわけじゃない。だったら後ろ向きに生きるより、新しい幸せを見つけた方が、カンナの供養にもなるんじゃないかってさ。それを、つばきが叶えてくれるのかもしれないって思ったんだよ。」

つばきに向けて笑って見せた。つばきは笑わない。けれどそんなことは、どうだっていい。

境内から少し離れた所に滑り台とブランコだけの遊具がある。境内の前は小さい広場みたいになっていて、学校から帰ってボール遊びやおにごっこ、かくれんぼなんかをする小学生も居る。
俺達三人も、昔はこの神社でよく遊んでいた。

暗闇で見るブランコはさすがにちょっと不気味だった。隣に座っているのが殺人犯だからだろうか。
俺にとってのつばきはもう、幼馴染や、守るべき対象なんかじゃない。

ただの殺人犯だ。俺ももうすぐ同じになる。
そう思えば不気味さも薄れてくる。
この世で一番怖いのは、生きている人間だ。
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