純愛
「じゃあ、先に帰るね。」

俺とつばきに手を振って教室を出た女子の背中を見送った。
そこから五分くらい待ってみたけれど、つばきは口を開こうとしない。

「俺達も帰ろう。鞄、取ってこいよ。」

「とーか君…、私…」

「いいから。早く。」

つばきは迷っていたけれど、教室のドアの方を顎で促す俺に、それ以上反論しなかった。

隣の教室から鞄を取ってきたつばきが廊下で俺を待っている。俺も自分の鞄を持って、教室を出た。

校門を出ても、バス停に行くまでの道も、バスに乗ってからも俺達は無言だった。

バスは混んでいて、俺もつばきも座れなかった。車内の中間くらいで俺は吊革に掴まって、その下の手すりをつばきに掴ませた。

バスの後ろの方から他校の男子生徒が「おい、あの子可愛いな。」とコソコソ言いながら、つばきを盗み見している。

つばきは興味を示さない。こういうことは初めてじゃない。慣れているのかもしれないし、自分が本当に興味のあること以外、つばきは見向きもしない。

その反動だろうか。興味を持ったものに、怖いほど執着してしまうのは。

車内が空き始める停留所で、一気に乗車客が減った。

「座れよ。」

促した座席に、つばきは黙って首を横に振って座らなかった。俺も座らないままバスは出発して、一つ、二つと停留所を過ぎて、地元までの最後の山を越える頃、乗車客は俺とつばきだけだったのに、結局俺達は最後まで座らなかった。
ミラー越しに運転手がチラチラと俺達を見ていた。

地元のバス停に着いて、走り去っていくバスを見送る。バス停前の横断歩道をさっさと渡る俺に、つばきは黙ってついてきた。

渡り切ったところで、坂と向かいのバス停を区切るフェンスに、カシャンっと背中をつける。つばきは俺の前に俯いて立ったまま黙り込んでいる。

「何拗ねてんの。」

「…拗ねてなんか。」

「拗ねてるだろ。分かりやすいな。小学生みたい。」

「なんで…!」

つばきが顔を上げて、キッとした目つきで俺を見る。つばきを挑発するのは簡単だ。

「なんでさっきからそんな酷い言い方ばっかりするの!」

「お前が酷いことしてるからだろ。」

つばきが悔しそうに唇を噛む。その顔を見ながら、本当に綺麗な顔なのにと思った。
神は二物を与えないって本当なのかもしれない。
この容姿で内面も最高な人間って、もしかしたら存在しないのかもしれない。
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