純愛
夜中の海に来ることは滅多に無い。カンナが死んでからは尚更だし、それこそ去年の夏以来だ。

夜の海は自分の部屋の窓から眺めるよりも、近くで見るとずっと黒く、底無しに見える。
昼でも夜でも、泳げない俺にとっては底無しであることは間違いない。

夜中の防波堤を歩く。この窮屈な町も海も、今日で最期だ。

死のうと思う。この世に未練は無い。カンナが居ない世界には夢も希望も愛も無い。
最期に残された使命。つばきの命を絶ち、復讐を果たす。
カンナが死んでしまった、同じ方法で。

復讐を成し遂げて、俺自身も死ぬつもりだ。ようやくカンナに逢えると思えば、死ぬことなんて怖くない。
ただ、殺人を犯す俺が、カンナと同じ場所に逝けるのか、それだけが気掛かりだった。

船着場の方から防波堤に上がって百メートルくらい進むと、高さは五メートルくらいになる。
海岸の浅瀬からも、この辺りくらいまでくれば、当然足はつかない。

そこに立って海を覗き込むと足がすくむ。
泳げない俺は、この高さから海を覗き込むことは苦手だ。

カンナも、どれだけ怖かったことだろう。幼馴染に殺されて終わる運命だなんて思いもせずに、どれだけ悔しかったことだろう。

海を覗き込むのをやめて、もう少し先を見据えた。その先で、手を振っている人がいる。つばきだとすぐに分かった。

一歩一歩、ゆっくりと近づいた。鼓動が早い。手汗を握って深く呼吸を繰り返す。

ようやくこの日が来たんだ。この数ヶ月、どれだけ気が狂いそうだったか。
つばきに好きだと告げるたびに、キスをする回数分、つばきを抱き締める力よりもずっと強く、心でカンナに懺悔を繰り返す。

復讐に心を燃やしても、カンナへの想いだけは変わらないと、忘れてしまったりしないと何度も誓った。

カンナへの想いだけでこの一年間、つばきを憎み、愛したふりをして、今日まで生きてこられたんだよ。
カンナ、もしもあの世でもう一度逢えたらさ、よく頑張ったねって褒めてくれるかな。

カンナにだけは俺の罪を許して欲しい。それだけでいい。そうしたら俺の心はようやく救われるだろう。

今日の終業式が終わるまで、本当に長かった。
あと少し。本当に終わりに出来るんだ。
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