純愛
終業式が終わって、学校から地元に帰ってきたそのままの足で、カンナの家に行った。
カンナの家の玄関より先に入ることは随分久しぶりだった。
「仏壇に手を合わせてもいいですか。」
そう言った俺を、カンナのおばさんは少し困った様な顔で見つめてから、「カンナもきっと喜ぶわ。」と言った。
カンナの仏壇は座敷の部屋にあるらしい。おばさんが通してくれた。
襖を開けると、ふわっと畳のいい匂いと、線香の悲しい香りがした。
「まさか私達よりも先にカンナのお仏壇が出来るなんてね。」
おばさんはお茶菓子を持ってきてくれて、おどけるように言ったけれど、笑ったその顔は苦しそうだった。
当たり前にあると思っていたカンナの遺影は無くて、ぐるっと見回して見たけれど、どこにもカンナの写真は見つけられなかった。
それに気づいたかの様に、おばさんが「遺影、置いてないのよ。」と言った。
「どうしてですか?」
「このお仏壇がカンナの物だって、まだ思いたくないのよ。遺影が無ければ私達はただの有神論者で、信心深く毎朝毎晩、仏様に手を合わせてるだけなんだって、言い聞かせたくてね。駄目ね。親って弱い生き物なのね。」
俺が知っているよりも随分と小さくなってしまったカンナのおばさんの背中を見つめながら、ただ早く、この人達も救われるようにと願った。
カンナ。俺が必ずお前の無念を晴らすから。
今日で全部終わり。
もうすぐ逢えるよ。
防波堤の上。もちろん俺とつばき以外には誰も居ない。
「とーか君!」
つばきが駆け寄って来て、俺をギュッと抱き締める。
「とーか君、会いたかったよ。寂しかった。」
「こんな所で走るなよ。危ないだろ。」
つばきは俺に抱きついたまま、顔を上げた。
「もー。とーか君はいつも危ない危ないってそればっかり!とーか君はやっぱり私には会いたくなかった…?」
不安そうな表情に笑いかける。頬を撫でて「会いたかったよ。」と言った。
早く殺してしまいたくて仕方なかった、とは言わなかった。言わなくてもどうせすぐにバレるけれど。気づいた時にはお前は海の底だ。
「つばき。」
つばきの腕を解いて、行ったり来たりする波を眺めた。
「この場所でカンナが最後に会ったのが、お前なんだよな。」
「そうだよ。今日みたいに蒸し暑くて、背中にもじっとり汗かいてて不快だった。」
「つばきはさ、最初から昔の俺達に戻る気は無かったのか?」
「今日ここでカンナちゃんに誓うって約束したから、本当のこと言うね。私はもう、前みたいに戻る気なんて無かった。自分の欲しい物だけ手に入ればいいって。それだけでこれからも生きていけるって思ったんだよ。」
「最初からカンナを殺す計画でカンナを呼び出したのか?」
つばきが俺の方を見て、一歩後ろに下がった。生ぬるい風が俺とつばきの間を流れていく。
確かに蒸し暑くて不快だった。
「ううん。カンナちゃんが私の願いさえ叶えてくれるなら、生きていて欲しかったよ。だって…。」
「だって?」
「ううん。何でもない…。もう殺しちゃったんだし、何を弁解しても意味ないよね。とにかくさ、普通の精神状態で呼び出したんじゃないっていうのは確かだよ。その為にカンナちゃんの警戒心を解こうともしてた。」
「警戒心?」
俺とつばきの声と波の音。夜中なのに聴こえる蝉の鳴き声。夜でも年々上昇し続ける気温のせいで、蝉は四六時中 鳴き続けた。
「あの頃、カンナちゃんもとーか君も私のこと、すごく警戒してたでしょ。まぁ私が嫌がらせしたりしてたからなんだけど。でも二人は結局私に過保護でさ、その二人の願いは元の三人に戻ること。それさえ叶えばいいって思ってるんだから、簡単に騙せると思ったの。」
「騙せる…?」
何かがおかしいと思った。
つばきの気配が変わる。デジャヴ。俺はこのつばきを知っている。去年の夏に感じた気配。体中に張り付く様な視線。
じわりじわりと背中にかいた汗が流れ落ちる。
カンナの家の玄関より先に入ることは随分久しぶりだった。
「仏壇に手を合わせてもいいですか。」
そう言った俺を、カンナのおばさんは少し困った様な顔で見つめてから、「カンナもきっと喜ぶわ。」と言った。
カンナの仏壇は座敷の部屋にあるらしい。おばさんが通してくれた。
襖を開けると、ふわっと畳のいい匂いと、線香の悲しい香りがした。
「まさか私達よりも先にカンナのお仏壇が出来るなんてね。」
おばさんはお茶菓子を持ってきてくれて、おどけるように言ったけれど、笑ったその顔は苦しそうだった。
当たり前にあると思っていたカンナの遺影は無くて、ぐるっと見回して見たけれど、どこにもカンナの写真は見つけられなかった。
それに気づいたかの様に、おばさんが「遺影、置いてないのよ。」と言った。
「どうしてですか?」
「このお仏壇がカンナの物だって、まだ思いたくないのよ。遺影が無ければ私達はただの有神論者で、信心深く毎朝毎晩、仏様に手を合わせてるだけなんだって、言い聞かせたくてね。駄目ね。親って弱い生き物なのね。」
俺が知っているよりも随分と小さくなってしまったカンナのおばさんの背中を見つめながら、ただ早く、この人達も救われるようにと願った。
カンナ。俺が必ずお前の無念を晴らすから。
今日で全部終わり。
もうすぐ逢えるよ。
防波堤の上。もちろん俺とつばき以外には誰も居ない。
「とーか君!」
つばきが駆け寄って来て、俺をギュッと抱き締める。
「とーか君、会いたかったよ。寂しかった。」
「こんな所で走るなよ。危ないだろ。」
つばきは俺に抱きついたまま、顔を上げた。
「もー。とーか君はいつも危ない危ないってそればっかり!とーか君はやっぱり私には会いたくなかった…?」
不安そうな表情に笑いかける。頬を撫でて「会いたかったよ。」と言った。
早く殺してしまいたくて仕方なかった、とは言わなかった。言わなくてもどうせすぐにバレるけれど。気づいた時にはお前は海の底だ。
「つばき。」
つばきの腕を解いて、行ったり来たりする波を眺めた。
「この場所でカンナが最後に会ったのが、お前なんだよな。」
「そうだよ。今日みたいに蒸し暑くて、背中にもじっとり汗かいてて不快だった。」
「つばきはさ、最初から昔の俺達に戻る気は無かったのか?」
「今日ここでカンナちゃんに誓うって約束したから、本当のこと言うね。私はもう、前みたいに戻る気なんて無かった。自分の欲しい物だけ手に入ればいいって。それだけでこれからも生きていけるって思ったんだよ。」
「最初からカンナを殺す計画でカンナを呼び出したのか?」
つばきが俺の方を見て、一歩後ろに下がった。生ぬるい風が俺とつばきの間を流れていく。
確かに蒸し暑くて不快だった。
「ううん。カンナちゃんが私の願いさえ叶えてくれるなら、生きていて欲しかったよ。だって…。」
「だって?」
「ううん。何でもない…。もう殺しちゃったんだし、何を弁解しても意味ないよね。とにかくさ、普通の精神状態で呼び出したんじゃないっていうのは確かだよ。その為にカンナちゃんの警戒心を解こうともしてた。」
「警戒心?」
俺とつばきの声と波の音。夜中なのに聴こえる蝉の鳴き声。夜でも年々上昇し続ける気温のせいで、蝉は四六時中 鳴き続けた。
「あの頃、カンナちゃんもとーか君も私のこと、すごく警戒してたでしょ。まぁ私が嫌がらせしたりしてたからなんだけど。でも二人は結局私に過保護でさ、その二人の願いは元の三人に戻ること。それさえ叶えばいいって思ってるんだから、簡単に騙せると思ったの。」
「騙せる…?」
何かがおかしいと思った。
つばきの気配が変わる。デジャヴ。俺はこのつばきを知っている。去年の夏に感じた気配。体中に張り付く様な視線。
じわりじわりと背中にかいた汗が流れ落ちる。