離婚するはずが、極上社長はお見合い妻に滾る愛を貫く
 わたしは彼のビジネスバッグを持つと玄関まで見送る。一年半培ってきた習性は、離婚すると決めたからってすぐになくなるものではない。

 玄関で靴を履いた彼にバッグを手渡す。あと何回こうやって彼を見送るんだろう。

「いってきます」

 彼の手が伸びてきた。いつもならわたしの頭を撫でてから出ていく。けれど伸びてきたその手はピタッと止まり、彼は自分の手を握りしめて扉の外に出ていった。

 わたしは閉まった扉を見つめて思う。こうやって日々少しずつ彼がわたしから離れていくんだろうなと。

 自分で言い出したことだ。慶次さんが七尾さんを好きだと知っていて、そのままそばに居続けるほど、わたしは強くない。ふたりを祝福するなんてできない。できるのは彼と離婚してあげることだけ。

 カッコよく去りたいけれど、未練が邪魔してなかなか難しい。

 ため息をつきながら、自分の部屋に戻る。少しずつでも荷物を片付けないと。まもなく四月というこの時期は、部屋探しのタイミングとしては最悪だ。けれど白木の家に帰るのではなく、社会人として自立したかった。

 わたしがきちんとひとりでも生活できることがわかれば、祖父も安心してくれるだろう。もう慶次さんみたいにわたしを押しつけられる犠牲者が増えることもない。

「さて、頑張りますか」

 離婚とともに失恋。傷がすぐには癒えると思えない。だからこそ体を動かして、少しでも彼のことを考えない時間を過ごそう。

 わたしは頭と手を動かし、必死になって現実逃避した。そして慶次さんに渡すべき大事なものを取りにいくことを思い出した。

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