離婚するはずが、極上社長はお見合い妻に滾る愛を貫く
 けれど慶次さんも譲ってくれない。

「いいから、じゃあ慰謝料じゃなくて餞別(せんべつ)。新生活でこれから金が必要な時があるから。ほら、挨拶に行くぞ」

 またもや押し切られてしまった。こんなことではちゃんと自立できるのか、心配になる。

 手元には入浴剤とタオルのセットがある。蕎麦(そば)を配るのかと思っていたら、最近はそんな人はめったにいないとネットに書かれていた。

「とりあえず、俺も一緒に行く」

「でも、一緒に住まないのに」

「それでもだ。俺が顔出してるだけでも防犯になる」

「そういうものですか?」

「あたり前だろう。女性のひとり暮らしだと思われない方がいい」

 確かにわざと男性ものの洗濯物を干したりするなんて、聞いたこともある。納得したわたしは結局、またもや慶次さんの力を借りて隣と上下階の住人に挨拶を済ませた。ただ左隣の角部屋の人だけ不在だったので顔を合わせることができなかった。

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