離婚するはずが、極上社長はお見合い妻に滾る愛を貫く
「表札がなかったので、誰も住んでいないのでしょうか?」
「そうかもな」
「気にならないんですか? 右隣の人のことは男性か女性か気にしていたのに」
部屋を決める時の環境にうるさいくらいこだわっていた。それなのになぜこんなにあっさりしているのか疑問に思う。
「いや、まあそれは。このレベルの部屋に住むやつだから、ある程度は大丈夫かなって。おそらく安全なやつだ」
「なんだか知ってる人みたいな言い方ですね」
妙な言い回しだなと思い尋ねたけれど、慶次さんは話題を変えた。
「とりあえず、蕎麦を食べないとな。近くにあるか探してみるか」
スマートフォンを取り出して店を調べはじめた彼は、きっと話を聞く気はないだろう。
「和歌、近くにあるみたいだから行こう。準備して」
「はい」
彼に誘われるとすぐに頷いてしまう。一年半一緒に暮らしてきた条件反射のようなものだ。けれどこれまで彼の提案通りにして、困ったことなど一度もなかった。彼はいつだってわたしのことを考えてくれているから。
ずっとそうやって、守っていてくれたんだな。
愛のない結婚だったけれど、彼は夫としての役目を十分果たしてくれた。それについては祖父にも説明をしている。今回の離婚はわたしの未熟さが原因で、彼はなにも悪くないと。
「和歌、どうかした?」
立ち止まって彼の背中を見ていたわたしを慶次さんが振り返る。
「ううん、なんでもない」
返事をしながら彼の後について部屋を出た。