シングルマザー・イン・NYC
「なんでも――キワ、今日はもう上がっていいよ。もう予約は入ってないし、急なお客様が来ても俺一人で対応するから。イツキはあと三泊しかしないんだろ? どうするか、すぐ考えた方がいい」
今度は真剣な口調。
私は思わずアドバイスを求めた。
「アレックスはどう思う?」
「ノーコメント。頑張って自分で考えろ」
――突き放されてしまった。
いつもより二時間早くサロンを出た私の足は、ほとんど無意識にメトロポリタン美術館に向かっていた。
しばらく来ていなかったな。
慧は美術館よりも博物館の方が好きなので、最近は、セントラルパークの反対側にある「自然史博物館」にばかり行っていたのだ。
メトロポリタン美術館のホールの奥に進み、自動発券機でチケットを出し、シールを胸に貼って、中央の階段を上る。
しばらく行くとゴッホの『アイリス』が飾ってある部屋だ。
すべてはここから始まった。
『アイリス』の前に立つと、篠田さんと出会ったあの日のことが、鮮やかに脳裏に蘇った。