シングルマザー・イン・NYC
セントラルパークを抜け、美術館の階段を上る。

巨大美術館にしては意外なほど狭い入り口から入り、警備員の荷物検査を通り抜けると、大きなホールにたくさんの人が行き交っている。

自動発券機でチケットを入手し、中央の階段を上るのがいつものルート。
写真やポスターの展示を眺めながら、まずはゴッホが飾ってある部屋に向かう。

「アイリス」が好きだ。

美容室の休みは平日なので、私が行く時は人気の絵の前も比較的空いているのだが、今日は誰もいない。
独占できるなんて、ついてる。

ゆっくり部屋を横切り、「アイリス」の前に立つ。

ゴッホの絵は美しいのはもちろんだが、絵の具の盛り具合(というのだろうか?)が大胆で、見ていて楽しい。動きがある。

何分くらい眺めていただろうか、ふと、横に人の気配を感じて視線を向けた。

立っていたのはアジア系の男性。
日本人かなとも思ったが、それにしては姿勢がいいし、細身なのにラフなシャツの上からでもわかるほど、鍛えている。米国人っぽい。アジア系米国人だろうか。

目が合った。

男性はにこりと微笑んだ。そして

「いいですよね、アイリス。ゴッホの中で一番好きです」

と日本語で言った。

品のいい人だな、と思った。

「そうですか。私もです。ゴッホが苦手っていう人もいるけど、私は大好き」

「僕もだ」

これが、私と篠田樹の出会いだった。


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