シングルマザー・イン・NYC
「知ってるよ。ニューヨークにいた頃にもきいた」

そうして、またキスをする。
片腕を私の腰に回し、もう片方の手で髪をかきわけながら。

「――欲情する」

その声は少し切なげで、それをきいたら、私もそういう気持ちになってきた。

「――する?」

一度唇を話して聞いてみたが、樹さんは返事をせずにまた口づけた。そして、少ししてから言った。

「まだ。希和、お腹空いてるだろ。ちゃんと食べてから。他にもすることがあるし」

「何?」

「祝杯とか」

樹さんはキッチンの端にある冷蔵庫からシャンパンのボトルを取って戻ってくると、手際よく栓を抜き、食器棚から出したグラスに注いだ。少し黄味がかった液体に立ち上る細やかな泡。

「きれいだね」

「味もいいと思うよ」

 樹さんがグラスを渡してくれる。そうして、私たちは乾杯した。

「おいしい」

やや弱めの炭酸に、ちょうど良い甘みと酸味。飲みやすい。乾いた喉にするすると入っていく。

「うん、旨いな。良かった」

樹さんはあっという間に空にしたグラスを、調理台に置いた。

「次は指輪」
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