シングルマザー・イン・NYC
「9月後半にオペラが始まる。行ってみたい」

「オペラ!? 好きなんですか、篠田さん」

私にとっては、ご年配の方々の趣味、というイメージ。

「いや。行ったことないから」

「どのくらいドレスアップ必要でしょうか?」

そんなにすごい服は持っていない。

「どうかなー、俺もあんまり詳しくないけど。ちょっとしたドレスみたいなのかな。それで、どこか泊まってみるのはどう?」

「……」

沈黙。
篠田さんの突然のお誘いに、戸惑った。オペラとお泊りがセット。

「嫌だったらいいけど。10月になったらこっちの法律事務所で働き始めるから、今までみたいに会えなくなるかもしれない。その前に――」

演奏がまた始まり――サン・サーンスの『動物の謝肉祭』だ――篠田さんは黙った。

今までも待ってくれていたんだろうな、と思う。
篠田さんは優しく、強引なところはないし、今のところ満点だ。

弁護士と美容師。
まったく違う世界の住人なのに、カットの練習はどのくらいするの? とか、日本人と外国人のカットで方法は変えるの? とか、私の仕事に関心を持ってくれるのも嬉しい。

いつもラフな格好(今日はちょっとよれたTシャツにジーンズ)だけど、それが彼の容姿を引き立てていて、今もブランケットの上に転がっているけれど、それがまた様になるのだ。

私も、もっと篠田さんに触れてみたい。
その気持ちはもうずいぶん前からあった気がする。

「いいですよ」

そっと耳打ちすると、

「え?」

篠田さんは驚いて体を起こした。

「行きましょう、オペラとその後」

そして、いつもするように私をギュッと抱きしめて、キスをした。
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